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SF・ファンタジー・ホラー

〈No.Glasses〉

   

 瞬く間に消え去っていく光の中。脳裏にずっとひっかかっていた何かが像を結んだ。
 どうして所長はこの検査を今晩頼んだ、定期検査はもっと先じゃなかったか、C+からEへの急激な劣化の原因は、いつもここに来ないはずの所長がどうして顔を見せた、所長のおかしな態度はなんだ、夜が綺麗、なぜ、夜空じゃなくて夜なんだ、これは最後のメモリースティック、いくつも替わりのなかから、自分だけが選ばれる、彼女がそれを望んだ、選ぶ、選んだ、自分だけ、最後の見回り、退職……。
 愕然とした。
 まさか彼女を独占したのか……! 日が沈んだ頃にだけ姿を現す彼女を!
「でも、どうやって……」
 震える指先で所長の経歴を表示させると天を仰いだ。元検査員。それもカプセルなしの時代。愛嬌があるだけの人だと思っていたが、とんだ食わせ者だ。規定ではコピーも修復も【V.M】に接続して行う。体感しないと感情や感覚の細かい異常がわからないからだ。だから、カプセルがない時代は自分の感覚と追体験の感覚が癒着して、自分がごっちゃになる検査員が続出した。それを防止するためのカプセルなのだ。しかし、彼はカプセルなしで【V.M】に接続し、No.Glassesをコピーしおおせた。
「信じられない……」
 検査員ならコピーなんてお手のものだ。厳重に保管されているコピー用のメモリースティックなんて、マスターキーを持ってる彼の前では何の意味もない。劣化が酷いのは再生拒否現象なんかじゃない。一気にEに落ちたのは、それだけコピー用のメモリースティックに強力な焼き付け処理を行ったからだ。これが行われるとコピーされた側のスクリプトは破損する。その破損したのが、私が検査したオリジナルのNo.Glasses。検査員である私が廃棄を決定したから、所長はC+の美しさを保つNo.Glassesのコピーを堂々と持ち去ることが出来る。本来なら厳罰処分の対象だが彼は今晩が終われば退職だ。それにNo.Glassesは今から廃棄される。もう誰も彼を追うことは出来ない。
 ぞっとした。彼の彼女への執着に。
 最後に残ったフレームが消えると、検査室に再び暗闇が戻った。
 起承転結もなにもないはずのひとりの女の人生。そこまで彼女を気に入った理由はなんなのだろうか。オリジナルを消してまで自分のコピーを唯一のオリジナルにする理由は。
 退屈なはずの誰かの人生を危険を冒してまで欲しいと思うのは、どうしてだろうか。それともカプセルがないとそう感じるのだろうか。しかし、どっちにしても私には到底理解できなかった。
〈そんなに替わりはいらないでしょう?〉
 耳元で歌うような彼女の声が聞こえた。抜け殻になったNo.Glassesの中で、最後に唯一聞き取れた言葉の残骸。
「そうね。あなたは、替えの利く代替品なんかじゃなくて彼の唯一無二のものになったんだから。……あなたが本当にそれを望んでいたのかはわからないけど」
 空になったスティックに廃棄を示す赤いラインを浮かび上がらせる。放り込んだものを残らず分解するダストシュートに放り込み、彼女の偽りの死を見届けると検査室を後にした。扉をロックする前、表示させた時計には日の出を告げるメッセージが刻まれていた。

 

≪おわり≫

 

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