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殺させ屋への依頼

   

某国のスラム街深奥部には、「殺させ屋」という「サービス」が存在する。金で動く殺し屋とは異なり、ターゲットを依頼者自身に殺させるのである。

様々な下準備はもちろん、公にされていない無数の秘術を駆使することによって、依頼者の能力を極限まで引き出し、標的を始末するに足るレベルにまで引き上げるという難行をする必要があることから、拠点は極めて少ない。

そんな「殺させ屋」に、極悪で鳴らしたマフィア幹部、ケンゾウ・フィルモアが仕事を頼んでいた。組織の倉庫に保管してあった武器の数々を勝手に売り飛ばした親友にして組織の仲間、レメントの始末を付ける必要があったのだ。レメントはフィルモアの推薦により組織に入り幹部まで上り詰めたという経緯があり、組織の生命線を勝手に私物化するという彼の行いに責任を取る必要があったのだ。

具体的には、フィルモアが仕留めたと分かるように「仕事」をしなければ、間違いなくレメントに差し向けられる暗殺部隊と同じだけの刺客がフィルモアにも向かうことになる。組織の力も部下も頼れないという状況に困り果て、最後に訪れたのが、「殺させ屋」だったのである。

事情を聞いた「殺させ屋」の若い男は、金銭だけでなく「裏切らない」という条件をフィルモアに課した。無論「殺させ屋」を裏切る理由など皆無であり、極めて簡単な条件であるように思われた。実際、フィルモアはまったく痛みを感じることもなく、肉体の異常強化に成功する。

「殺させ屋」の仕事ぶりを大いに喜んだフィルモアは、異常に強化した肉体を携えてレメントの隠れ家を襲撃しに向かったのだが……

 

 某国の都市郊外に存在するスラム。
 あらゆる悪徳が存在し、いかなる物も金で買えるこの空間に寄り集まる人間は多い。
 様々な状況のために抜け出せない者もいれば、危険と自由に惹かれて入り込む連中も少なくない。
 そんな街の中の深奥、並の不良ならば恐れて近付かないような一角に、高級な外車が停まった。
 傷どころか汚れ一つもない高級車は、明らかに界隈の雰囲気には馴染んでいなかった。
 だが、遠巻きに隙をうかがい、嫌な視線を向けていた住民たちも、車から出てきた男の姿を見た瞬間、慌てて視線を外した。
 百九十センチ近い長身に、ラグビー選手を思わせる体格。
 加えて顔には幾筋もの大きな傷が残っている。
 目立った欠点のない顔立ちも、日本製の最高級品を集めた黒いスーツも、男の威圧感を強調するだけで、凶暴さを隠す役割を完全に放棄しているようだった。
 やや金色がかった黒髪や深みのある碧眼が示している輝きも、宝石ではなく刃物のそれに近い印象を周りに与えている。
 男の名前は、ケンゾウ・フィルモア。
 日系であり、日本語と英語を自在に使いこなす。
 その語学力と体力は表ではなく裏の社会によって力を発揮してきた。
 十五歳にならないうちから構成員として認められ、以来数十年、今では押しも押されもせぬ大幹部として名をなしてきた。
 しかし、その経験や実績とは裏腹に、フィルモアの顔色は冴えない。
 長年の職業的経験によって表情に出すことだけは避けているが、血色の悪さと額に滲んだ汗を見れば平静ではないと気付く者もいるだろう。
(ちっ、まったくよ)
 自分への苛立ちを抱えつつ、フィルモアは目前にある廃ビルに入り、階段を下りていった。
 下りた先には地下室があり、その扉だけは、ボロボロになっている壁面や床とは対照的に真新しく重厚だった。
 なるほど、この扉に遮られていれば、中で何が起ころうと音が外に漏れることはないだろう。
「入るぜ」
 フィルモアは二度ノックして、短く意思を示し、ドアを押し開いた。
 相手の同意は求めない。今の地位についてから、フィルモアの来訪を拒んだ「仲間」は皆無だった。
 内心はどうあれ皆歓迎の姿勢を示したものだし、そうしなかった人間には力づくで「分からせて」きた。だから、初対面の相手にも同じことをするのだ。
「お待ちしておりました。ご用件を承りましょう」
 ドアの向こう、完璧に清潔だが、一対のソファーと机と照明以外の調度品がない、異様に殺風景な空間の中にいた男は、慇懃に一礼してきた。
 スーツの着こなしも完璧で、およそギャング的な要素は微塵もないが、確実に一般人ではないはずだ。
 無遠慮に乗り込んできたフィルモアに、何の変化も見せずに対応できるというのは、怯えや怒りといった反応を見せるよりもずっと異様だ。
 相手の資質をはかるためにあえて作法を無視したフィルモアは、肩透かしに遭ったような気になり、無言でソファーに腰かけた。

 

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