幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

歴史・時代

大正恋夢譚 〜朝顔〜 <中>

   

俺は大将の隣に立つ道源寺のオッサンに、軽く会釈した。
叩き上げで警視庁の警部にまでなったこのオッサンは、大将が認めるだけあって、結構できたヤツだった。

小説版『東京探偵小町』外伝
―滝本和豪&永原朱門―

Illustration:Dite

 

 有楽門から入って心字池を横目に足早に歩いてると、ずっと前のほうから、大将と道源寺のオッサンが歩いてきた。
「大将!」
 声を掛けると、大将がこっちを見て軽く手を上げる。
 気がついたら、俺は大将に向かって駆け出していた。
「メシ食いに行ったまま戻らねェって言うからよ、ここまで迎えに来たぜ」
「すまない。道源寺警部と、少し話し込んでしまってね」
 俺は大将の隣に立つ道源寺のオッサンに、軽く会釈した。
 叩き上げで警視庁の警部にまでなったこのオッサンは、もともとがてェした強面だし、左頬にゃア戦争で作ってきたとかいうひでェ傷があっから、最初は誰でもおっかながる。けど、大将が認めるだけあって、結構できたヤツだった。
「なんか話し込むような事件でも起きたのかよ」
「いや、わしの愚痴につきあってもらっとるうちに、つい時間を食ってしまってな。なんぞ急ぎの用かね、悪いことをした」
 そう言って、俺の肩をポンと叩く。
 前に大将が言ってたけど、道源寺のオッサンは、こう見えて部下から結構慕われてるらしい。やくざ渡世がはだしで逃げ出すような御面相のくせして、俺みてェな駆け出しにも気を遣うとこがある。

 だから、うちの大将とウマが合うんだろう。
 誰より大将が、そういうヤツだしな。

「では、ここで別れるとしよう。永原くん、滝本くん、また後日」
「ええ、またいずれ」
 大将が挨拶がわりにパナマ帽を上げる。
 俺たちは、有楽門を出たとこでオッサンと別れた。大将は洒落っこきだからいっつもパリッとしてっけど、だんだん小さくなってくオッサンの背広は、なんかずいぶんくたびれて見えた。背広ってより、オッサンそのものがヘナヘナになってるみてェだった。
「大将、道源寺のオッサン、夏バテしてんじゃねェの?」
「夏バテではないだろうが、相当疲れているようだな。部下を一度に四人も引き抜かれて、このところ、目の回るような忙しさらしい」
 心配げな声で、大将が言う。
 けど、忙しさだったら大将だって負けてねェや。
「道源寺警部は仕事熱心なだけでなく、人を育てる力があってね。彼のもとに送られてくる若手は、数年のうちに、必ず頭角を現すと言われている。そうなると、すぐによその部署から、即戦力になる人材を回してくれと頼み込まれるらしい。今回は、それが重なってしまったようだな」
「へェ、なんか先公みてェだな。でも、そのうち補充があンだろ?」
「ああ、一昨日、ようやく最後の面接を終えたらしい。そう、たしか北紺屋署の若い刑事だと言っていたな」
「北紺屋ってェと、うちの道場の近くだ」
 うなずいて、大将が歩きはじめる。
 ふと前を見ると、さっきの制服巡査がどっかに向かっていた。警視庁の門のとこにかじりついてた、あのおのぼり巡査だ。俺は大将の話を聞きながら、なんとなくそいつの背に目をやっていた。

 

-歴史・時代

大正恋夢譚 〜朝顔〜 < 第1話第2話第3話

コメントを残す

おすすめ作品