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SF・ファンタジー・ホラー

ウパーディセーサ〈四十五〉

   2016年6月24日  

こんな寒い雨の夜に、この子が独りで震えていたの。きっと誰かが捨てていったんだと思う。ひどすぎるわ。こんなに弱っちゃって、かわいそう……

 

 
 二ヶ月後、俺はやっと退院できた。が、足に障害が残り、以前のように普通に歩くことができなくなってしまった。そのことにより、特殊作戦群での勤務は不可能と判断され、俺は習志野駐屯地で事務を務めることになった。
 刺激のない毎日。もう訓練にも参加できない。
 演習場での特殊作戦群の訓練をただ遠くから傍観していた。言葉では表現しがたい、遠く懐かしいような感覚。郷愁。もう戻ることはできないという現実。
 だが、俺のそんなノスタルジーも、仕事が終わればどこか脳の使っていない部分に収納される。もう当直勤務のない俺は、毎日のようにかおりと食事に出かけた。
 かおりはよく食べ、よく飲み、よく笑った。一緒にいると自然と楽しくなるような、不思議なオーラを持っていた。
 ある日、かおりが初めて俺のアパートへやってきた。玄関に入るなり、その場でうずくまってしまったかおりに驚いた。気分でも悪いのかと、焦って救急車を呼ぼうとした時だった。
「想像以上だよ。こんなに散らかってるなんて……よしっ! 掃除するよ」
 かおりが来るということで、必死に部屋を片付けたつもりだった。いや、見違える程にキレイになっているではないか。そんなことを思っている間にかおりは腕まくりをし、窓を開けた。午後の日差しが部屋に降り注ぎ、無数のホコリがキラキラと輝いている。
 掃除の専門業者のような手際の良さでみるみるうちに俺の部屋が進化してゆく。一時間ほどで見違えるようになった。俺は自分の掃除の甘さを痛感した。
 それから数ヶ月後、また俺の部屋の話になり、そろそろ掃除しないといけない時期だとかおりが言った。そんなことでかおりの手をわずらわせるのは申し訳ない。なら一緒に住めばいいじゃないかと提案をしたところ、今すぐ物件を見に行こうということになった。
 家賃は今の倍以上するが、俺たちの好みの部屋が見つかった。ベランダから海が見える最高のロケーションだ。
 そして俺たちの同棲生活が始まった。
 朝はトーストの芳醇な香りで目を覚まし、淹れたてのアールグレイを啜る。休みの日は二人でゴロゴロしながら映画を見たり、海に出かけたり充実した毎日を送っていた。
 そんなある雨の日、仕事から帰った俺は玄関の扉を開けた。いつもならヒョコッと顔だけを覗かせて「おかえりっ」とかおりが言うのだが、今日はそうではなかった。部屋は真っ暗で、かおりはまだ帰ってきていないようだった。何か仕事でトラブルでもあったのかな? と考えながら、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、蓋を開けたとき。大きな音と共に玄関の扉が開かれた。そこには何か茶色い丸いものを抱えた半泣きのかおりの姿があった。
「こんな寒い雨の夜に、この子が独りで震えていたの。きっと誰かが捨てていったんだと思う。ひどすぎるわ。こんなに弱っちゃって、かわいそう……」
 かおりの腕の中には小さな丸っこい仔犬が必死に呼吸をしていた。苦しそうに目を細めて震えている。
 俺は洗面所に走り、大きなタオルで丁寧にその犬を拭いた。そして暖房の当たる位置にタオルを敷き詰めて簡易ベッドを作り、そこに寝かせた。呼吸がさっきよりも浅くなっている。こいつはもしかして明日を迎えることができないのではないか。そう思うと自然と涙がこぼれ落ちた。こいつは人にひどい目にあわされた。残酷な仕打ちを受けた。でもせめて、皆んながみんな悪い奴ではないと、こいつに知って欲しかった。
 俺はそいつを優しく撫でながら、朝まで看病した。声をかけながら、少しでもこいつがリラックスできるように努めた。
 いつの間にか眠っていたようで、フローリングの冷たさが背中に張り付いていた。ふとタオルのベッドに目をやると、そこに仔犬はいなかった。慌てて起き上がろうとした時、ヘソのあたりの温かさに気が付いた。どうやら俺が眠っている間に俺の腹の上によじ登って、そこで眠っていたようだ。タオルの上よりかは遥かに暖かいだろう。
 するとかおりが起きてきて、その光景を見るなり嬌声を上げた。その声で仔犬も目覚めたようだ。ムクッと起き上がり、目を大きく見開いて嬉しそうに笑った。俺の気持ちはなんとかこいつに伝わったようだ。

 

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