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ノンジャンル

賛花館(前)

   

中石 優太は、社内でも植物に知識と愛着のある人間と見なされていた。その評判は、彼の冷たい印象を和らげ、最年少の取締役という立場からくる嫉妬などの悪感情を減らすことにも大いに役立っていた。

しかし、中石が生花やガーデンニングに精を出すのは、よりレベルの高い花をより抜くという建前で、多くの花を処分できるからであった。中石は、何の努力もせず美しく咲くことが運命付けられている上、たとえ枯れても季節がくれば復活する花という存在そのものを憎悪していた。

その感情は、努力にも関わらず自らから若さが遠ざかりつつあると自覚してからはよりいっそう強くなり、最近では、花を見るだけでも気分が嫌になるというほど危険な領域に達していた。

中石は毎日、自分の特別に秀でた能力に一切なびこうとしない「花」を憎み、「抹殺」のための計画を練っているような状態だったが、そんなある日、会社の会長武井から、「賛花館」という妙な別荘を視察して欲しいという依頼を受けることに……

 

「ふふ、いい色合いですね。それに、縁起もいい。彼らの花言葉は『信頼と繁栄』、まさに、会社の受付に飾るにはぴったりですよ」
 中石 優太は、通い慣れたオフィスの受付にかけられた花を柔和な笑みで賞賛した。
 百八十センチ以上ある長身や、今年で四十八歳になるとは思えないほど引き締まった肉体から滲む冷たさや威圧感のほとんどをかき消してしまうような表情である。
 顔立ちは秀でているものの、冴えない表情をしていた若い女子社員の顔にぱっと血色が戻った。
「ほ、本当ですかっ!? 地味じゃありませんか。主任からはずっとそう言われてしまっていて……」
 若い社員は、まるで女子大生の頃に戻ったようなテンションで、中石に顔を近付けてきた。
 フォーマルな態度や言葉遣いを徹底的にレクチャーされてきたはずの受付職の彼女にしては、やや妙な反応である。
 恐らく、気にしているだけの余裕がないのだろう。
 中石は瞬時にそう読み切り、さらに言葉を継いでいった。
「いえ、理にもかなっていますし、全く問題ありませんよ。それに、確かに華やかとは言いますが、常に艶やかな花が最良というわけでもないでしょう。時には控えめな花こそが主役に立つべき状況など、いくらでもあります。自信を持って下さい、あなたも」
「な、中石取締役……!!」
 若い社員は感極まったような声を漏らし、目に涙を滲ませた。
 どうやら、彼女はかなりの感激家であり、受付というセクションには恐らくは純粋な彼女をうっ屈させてしまうほどの人間関係があるらしい。
 まったく、細かいところに気が回らない社長だと大変だねと同情しつつも、中石は、受付主任の女性と今喋っている女性の二人の顔に、心中で「総合職昇進不適格」の判を押していった。
 私情で若手社員を押さえつけるような人間も、押さえきれない私情を雲の上のような存在に見透かされてしまうような人間も、この「武井地球貿易社」の幹部には必要ないというのが人事から物の動きまでを掌握する中石の考えだった。
 とは言え、そうした方針を聞いてはじめて察したり、態度を改めたりする社員も場当たり的な危険があり遠ざけたい。
 とにかく「アットホーム」と「社員第一」を主義を掲げ続け、上層部も徹底的にその建前に沿って動き続けるという環境に反論せず、しかし強烈な冷静さを持つという特異と言えば特異極まりない特性を有した者だけを、中石は勝負駒として扱いたかった。
 さらに言えば、非正規社員まで含めれば国内だけで十五万人以上を抱える超巨大企業である武井地球貿易に限っては、そうした無茶を押し通しても組織が崩壊する心配はなかったのである。
 中石は、軽く右手を上げ、人材査定という付録のような仕事までできた満足感を持って会社を後にした。

 

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賛花館 第1話第2話

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