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ドSな彼女の〇〇〇

   2016年7月13日  

演奏を無事に終え、安堵する和彩と速斗。
そしてスタッフ一同。
その日も礼は閉店時間まで店にいて、今日演奏した和彩と諒にそれぞれ言葉をかけて店を後にした。

すっかり重くなってしまったホール内の空気を一新したのは、料理長の明広。
心治の暴露によってドSな彼女の〇〇〇が明らかになってしまった。

 

少しあぶなっかしい出だしだったが、大きなつまずきなく和彩と速斗の演奏は終わった。
安堵。
今の二人の心には、まさにそれである。
今回の演奏で、いろんなことが見えた。
良かった点も改善点も、かなりの収穫があった。
だが、ひとまず今はそれはそれとして、演奏の成功を喜ぼうかと和彩始め、ホール内のスタッフたちは思うのだった。

礼は毎度のことながら、今日も例外なく閉店時間までカウンターの隅で酒を引っ掛けていた。
来店した際は、ほぼ100%閉店時間までいる。
スタッフの演奏があろうがなかろうが関係なく、速斗がいようがいまいが関係ない。
スカウトが目的ならば、標的の速斗が帰宅してしまった時点で用はないはずだ。
礼はどこか理解しがたい面を持っているが、こうして毎回閉店まで店内にいることも理解に苦しむ。
スタッフの誰かと仲が良く、業務終了後に飲みに行く約束をしているというのならば、居座る理由もわからなくはない。
しかし礼の場合、誰かと仲がいいどころかスカウト以外のことにはあまり興味を持っていない。
スタッフたちも礼とは一線引いているし、距離もとっている。
マスターとの付き合いがそこそこ長いが、何か深い事を話す仲でもないので一常連客以上でも以下でもない。

閉店時間に差し掛かり、礼はいつもと同じタイミングで席を立った。
店内から客がいなくなり、店内に閉店の雰囲気が漂い始めて数分後、誰から急かされたわけでもなく席を立って伝票を片手に会計に向かう。
いつもはこのまま会計を済ませ、酒や料理の感想と“ごちそうさま”という一言を残して店を去っていく。
今日もそうなのだろうと、誰しもが思っていた。
というのも、お目当ての速斗が演奏終了後ほどなくして一足先に仕事を終えてしまったのだ。
速斗がいれば、演奏の感想やスカウトやらをそこそこしつこくするだろう。
お目当ての人間以外にはさほど興味を持たないのも、礼の特徴である。
わかりやすさは天下一なのだ。
だが今日はそうではない。
会計を済ませて、財布にお釣りをしまいながら礼が声を上げた。
「相良。」
名前を呼ばれた和彩と大和以外の人間は、とっさに礼に視線を向けた。
「はい。」
手招きをされて、渋々礼のもとに歩いていく和彩。
スタッフの視線が、礼から和彩に移る。
何が起こるのかと、皆内心緊張していて。
それが空気に漏れ出す。
和彩がどんなにドSな性格であろうと、黙っていれば顔も整っていてスタイルもいい、絵に描いたような“美人”なのである。
何か間違いが起こっても、何ら不思議はない。
「お呼びでしょうか。」
和彩本人は普段と全く変わらず、目に見えて面倒そうな顔をしている。
何を言われるかわからない上に業務時間外。
どんな相手とも一線引いていて、自分のプライベートな空間に土足で踏み込んでくるものを心底嫌う。
それは彼女がこのレストランで働き始めてから、一度も崩したことのないスタイルである。
「卒業して腕を上げたな。」
演奏の感想をスカウト以外で礼が口にするのは、極めて珍しい現象である。
「それはどうもありがとうございます。」
男性陣の心配を微塵も感じることなく、和彩は顔色一つ変えることなく熱のこもらない礼を告げた。
彼女の心は鉄なのだろうと、男性たちは若干ゾッとする。
「学生時代の演奏からは感じられなかったやさしさと、音の艶を感じた。誰から教わったんだ?」
「公衆の面前でセクハラとは、飲みすぎじゃないですか?飲まれるまでお飲みになるのは、どうかと思いますけど。」
「…君には敵わないな。」
「お褒めにあずかり光栄です。その手のジョーダンは大嫌いなものでつい。」
「それは失礼。」
対話している人間の年齢や社会的立場を全く無視して、嫌なことは嫌だとはっきり言ってのけるのが和彩である。
誰であろうと、部外者からのプライベートな話は一切受け付けない。
全く揺るがない彼女の物言いと態度に、礼の方が押されてしまって苦笑するほかない。
「いつかうちの学生オケと、コンチェルトをしてはくれないか?」
「ボランティアなら他をあたってください。」
「仕事の話として持ちかけているんだが。」
「本気でお話されているなら、後日改めてお話をお伺いいたします。」
あまりにも淡白な和彩の対応に、礼はもう苦笑するしかなくなる。
「卒業生だし、受けてもらえるね?」
「前向きに検討させて頂きます。」
話のキリが着いたその瞬間に、間髪を入れず和彩は会釈をして彼に背を向けホール内に戻ってしまった。
「諒。」
次に礼が名前を呼んだのは、まさかの名前だった。
諒は何も言わず、その場から礼を睨む。
礼と諒、親子の間の視線が一直線につながった。
「相変わらずラフマニノフはそこそこ上手に聴こえた。お前はまだ自分の音楽をわかっていないようだがな。」
「俺はあんたの指図を受けるほど、大人になってないんだ。あんたは俺の何を知ってる。自分の子どもの血液型すら知らないような男から、音楽の指導なんて受けたくないし、耳を貸すわけもない。」
「父親に対しても相変わらずの物言いだな。」
「育てもしてない息子に愛着もない癖に、都合よく俺の親になるな。」
普段の諒からは想像もつかない、はっきりとした口調と冷徹とも思える言葉の数々。
「また聴かせてもらう。人並みの演奏できるように練習しておけ。」
そう言い残し、礼はホールに背を向けて出ていった。

 

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