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歴史・時代

大正恋夢譚 〜朝顔〜 <後>

   

「君は良い子だな」
褒められてンのか、からかわれてンのか、わかりゃしねェ。
俺はまだ人の頭なでようとする大将の手をかわして、とっとと先に進んでやった。

小説版『東京探偵小町』外伝
―滝本和豪&永原朱門―

Illustration:Dite

 

 物心つくかつかねェかの頃に滝本の家に引き取られてから、俺は文字通り、「冷や飯食いの三男坊」として育ってきた。親父はアテになんねェし、滝本の「母さん」が俺を毛嫌いしてたせいもあって、兄貴たちとの仲はひでェモンだった。
 兄貴たちはよくつるんで遊びに行ってたみてェだけど、俺が誘われることはなかったし、誘われたってついてくもんかッて思ってた。その頃はジジィが生きてたから、遊びに行くよか、剣の稽古をしてたほうが面白かったってのもある。
 剣だけは、ジジィも褒めてくれたしな。
 そのあとに、決まって「母さん」と兄貴たちの嫌味がくっついてきたとしてもだ。
「なるほど。剣と同じく、将棋も滝本翁からの直伝というわけか」
「ジジィが死んじまってからは、一度もやってねェんだけどさ……なんとなく、目が行っちまって」
 谷中に名のある駒師がいるからってんで、俺たちは銀座から電車に乗って、上野の先まで行った。俺はただジジィと指す将棋が好きだっただけで、道具の良し悪しなんざ気にかけたこともなかったけど、見せてもらった駒は、素人目にもわかるてェした逸品だった。
 黄楊に漆の盛り上げ駒に、盤は脚付きの桂四寸。
 どっちかひとつっきりでも、俺の小遣いで買えるような代物じゃねェ。
「でもよォ、大将」
「ん?」
「あれ、ちっと高すぎたんじゃねェの?」
 荷物は届けてもらう手はずになったんで、俺と大将はそっから歩いて帰ることにした。いっつも時間に追われてっからか、普段は結構スタスタ歩く大将が、今日は珍しくゆっくり進む。俺もそれに合わせて、下駄を鳴らした。
「棋譜を手に一人で指してもつまらないだろう。ああいう遊びは、相手がいるからこそ面白い。三人で使うと思えば、別に高いものではないと思うがね」
「え、大将、将棋できンのかよ」
「駒を目にするのさえ、何年ぶりだ。できるなどと言ったら、君に怒られそうだな。むしろ、君と倫太郎が良い勝負だろう。倫太郎なら、武家のたしなみとして教わっているだろうから」
 倫太郎ンとこの本家が、世が世なら、どこぞの大藩の重臣だってのは前に聞いた。死んだ親父さんの代に分家したらしいけど、本家がそんななら、相当口やかましく育てられたはずだ。
 比べて俺の家は、剣で食っちゃアいるが、ひいじいさんってのが、実はどこの馬の骨とも知れねェ、ぽっと出の剣術指南役で。それをジジィがなんとか体裁整えて、今に至ってる。もとをたどりゃアどこぞの田舎侍か、下手すりゃ山奥のどん百姓だ。
「じゃあ、大将には俺が教えてやるとすっか」
「それは楽しみだ」

 

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