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飛由の弟

   2016年7月20日  

十月に入ったある日、ディナータイムが終了して店の外の最終確認をしていた諒のもとに現れたのは、飛由の弟である紅葉だった。

紅葉とウキウキで帰宅してた飛由。
ロッカールームで紅葉の職業と飛由のもう一つの一面を聞いて、あまりの衝撃に諒は身動きを取ることもできなかった。

 

和彩と速斗のリサイタルは、年を越して行う予定である。
今は九月中旬。
あと四か月あるというのは、現段階ではとにかく心強い。
今回の演奏会で見えてきた改善点を完ぺきな形に持っていくまでには、十分な猶予期間である。
常に何かに追われていたような気がしていた速斗の心も、ほんの少しゆとりが持てた。

十月に入ると、さすがに少しずつ夏の気配が立ち退いて行き秋の色が色濃くなっていった。
夜ともなると半そででは寒いわけで、十月一日から制服を長袖に衣替えした。
薄い長そでブラウス一枚で、暖かい日の夜はちょうどいい。
曇ったり雨の日は、長袖一枚ではどこか肌寒く感じる。
ゆっくりとではあるが、秋の中にもまれに冬の顔がちらつく。
そんな時期である。

十月も中盤に入ってきて、その日の業務も無事に終了したある日のこと。
諒がお店のドアの鍵を閉める前に、店の外の様子の最終確認をするためドアを開けた時だ。
こちらに歩み寄ってくる、小柄な男の影がある。
「あの…、もう業務時間は終了したのですが…。」
諒の制止を無視して、男は店のドアノブに手をかけた。

「ちょっと…!困ります!警察を呼びますよ!」
諒にしては大きな声が、店内に響いた。
店内の雰囲気が和やかだっただけに、諒の声が異様に大きく感じた。
何事かとドアの方を見てみれば、諒と先ほどの小柄な男が掴みあいをしている。
「あらあら。」
「なにやってんだか、あいつは!」
ひたすら傍観に徹する和彩と、彼女と正反対に二人の間に割って入る大和。
「あの方は確か…。」
「そうですね。」
店内に入ってきた男は不審者ではない。
その証拠に、こうしてマスターと心治が呑気に話をして彼らも傍観に徹しているのがいい証拠である。
「だから!今日の業務はもう終了したんですって…!」
「俺は客じゃないって言ってるだろ!」
諒の体格的に力が弱い事と外見の体格よりも力のある男の掴みあいは、何だかんだ均衡している。
「お客様ではないのなら、やはり不審者ですね…!」
「違うって言ってるだろ!話を聞け!」
掴みあいにらみ合う二人の間に、大和が割って入って。
「やめろ諒!今お前が掴みかかっているのは、不審者でもなけりゃ未成年のチンピラでもないんだ!」
大和の言葉に、男の眉間に不機嫌な皺が寄る。
「誰が未成年のチンピラだって?」
男は元々鋭い吊り目なのに、それに輪をかけて思い切り大和を睨みあげる。

──おっといけねぇ。つい本音が。

大和は肩をすくめて、そろりと男から視線を逸らした。
「未成年じゃないんですか…?」
男のかわいらしい身長の面で、諒はすっかり彼はまだ未成年なのだと勝手に思い込んでいた。
だから大和からのそれに、素直にそして露骨に顔がびっくりしている。

──この人は一体何者なんだろう…。

諒が抱いたその疑問は、一瞬のうちに解決してくれた。
「くーれーはーっ!」
ホールの奥から聴こえてきた飛由の声がしてきたと思えば、飛由はものすごい早さで走ってきて男に飛びついた。
何が起こったのだろうかと目をぱちぱちさせる諒。
「ばか、引っ付くな!」
飛びついてきた飛由を、若干恥ずかしそうに引きはがそうとする男。
飛由は身長が172㎝ほどある。
それよりざっと10㎝ほど彼の方が小さいのが、見てすぐにわかる。
今の状況が飲み込めない諒は、ポカンと二人のやり取りを眺めるばかりである。
「そうだ!紹介するね!僕の弟の紅葉(くれは)!かわいいでしょ!」
兄弟と言われても、全く似ても似つかない二人。
唯一兄弟として似ている部分と言われれば、二人とも目が大きいところくらいだろうか。
たれ目で優しい表情で、透き通るような肌の白さの飛由。
それに対して、優しいなんて言葉が全く似合わない吊り目に常に不機嫌そうな顔の紅葉。
声までも中性的な飛由だが、紅葉はしっかりと声変わりをしている。
「兄貴がどーも。」
飛由は人好きで自ら近寄っていくタイプだが、どうやら紅葉はそうではないらしい。
ぶっきらぼうな彼の態度、が諒の中では“自分のせいで怒ってしまったんだ”という思考につながってしまった。
「申し訳、ございませんでしたっ!」
諒は紅葉に思いっきり頭を下げて、深く謝罪した。
「あんたのことは、兄貴から大体聞いてる。気にしていないから、頭を上げてくれ。」
紅葉は諒の後頭部をちらりと見て、飛由を引きはがしながら声のみ諒に返した。
「今日は暇なんだな。」
大和からのそれに、紅葉の眉間に不機嫌な皺が寄る。
「暇なんじゃない。時間が空いてるんだ。」
言ったことに間違いはないが、はたから聞いたらなんとも屁理屈を言っているように聞こえてしまう。
「頭のいい奴の日本語は、よくわかんねぇや。とりあえず飛由は迎えが来たんだから、先に上がらせてもいいんじゃないの?」
話しかけるように自然な流れで、大和はマスターと心治に話を振った。
「そうだね。紅葉君をお待たせするわけにはいかな。いつも頑張ってくれてるから、坂下君にはもう上がってもらおうか。」
マスターからの言葉を聞いて、飛由の顔がばっと上がった。
マスターを見る飛由の瞳が、らんらんと輝いている。
「いいんですか!?ありがとうございます!」
紅葉が迎えに来た時だけは、遠慮せず素直にマスターのお言葉に甘えて頭を下げて飛由はスタッフルームにすっとんでいった。
いつも最後まで残ってしっかりと仕事をこなす飛由のあんなにはしゃぐ姿は、諒に目には新鮮に見えた。
事情を知っているスタッフたちには、飛由の素直さが微笑ましく思う。

 

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