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賛花館(後)

   

武井からの指令を受けた中石は、早速「賛花館」に向かった。

そこは、閑静な山中でありながら、四方を花に囲まれ芳しい香りが漂う別荘地であり、暮らしやすいのはもちろん商業的な価値も極めて高かった。一方で中石は、別荘地で再会した旧知の企業家、南沢が異様に若々しい割に往年の毒気が完全に消えていたり、香気にあてられていると思考や力が鈍る感じがするなど、個人的にかなり嫌な印象を受けてもいた。メイドの多英に積極性が増していることも、主人としての中石にとっては愉快な変化とは言えなかった。

そんなある日行われた社交パーティ。中石は、別荘群に住まう人々が、やすやすと主従関係を突破しメイド達と親密な関係に至っているのが気に食わず終始不機嫌だったが、思考を巡らせているうちにパーティが終わってしまっていることに気付く。

さすがにこれでは失礼だったと、中石は視界の端に映った南沢に一言謝るべく追いかけていったのだが、森の中にいたのは南沢ではなく、メイドの多英だった……

 

「なるほど、ここを別荘地にというわけか……」
武井から指令を受けた中石は、早速次の休みを使って、視察に赴くことにした。
メイドたちも一緒に連れてきた。
花が咲き誇る邸宅地となると、いかにも彼女たちの憧れを具現化したようでもあるし、彼女たちの嬉々としたリアクションは、中石の意図を隠す「カモフラージュ」には最適だろう。
同じように花を刈るにしても、いかつい中年男性がするのと、いかにも優しげな女性たちが行うのとでは明らかに周囲からの印象が違ってくる。
また、たとえ、その女性たちが完全に中石に動かされていたとしても、第三者にはそうは映らないものである。
「素敵なところですね、マスター。この山中に花に囲まれた邸宅があるなんて」
こちらの思惑にはまるで気付かず、石黒 多英は終始うっとりとした表情をしている。
オフであるにも関わらずに着てきた淡い緑色のメイド服と、閑静な山中の光景が絶妙にマッチしている。森の精だと勘違いしてしまう人もいるかも知れない。
ただ、中石の心はまったく揺れない。美しいメイドを愛でるより、一刻も早く大量の花を始末してやりたいとばかり考えている男なのである。
「まったくだ。事情があるとは言え我々の勝手にということはできないな。あくまで先人の志を大切にしなければね」
「はいっ」
特異的とさえ言っていいほどの残虐性をおくびにも出さず笑いかけると、多英はにっこりと笑って応じた。
ついてきた他のメイドたちも多英と同じ表情をしている。場所を変えてもまったく変化することのない「扱いやすさ」に、中石は改めて内心ほくそ笑んだ。
荒れた道を強引に車で進むのは避け、歩くこと約三十分、ふいに森林がかもし出しているのとは異なる香気が中石の花をくすぐってきた。
何とも甘い、しかし作りめいた要素は一切なく、しかも爽やかな余韻をもたらす香りである。
一種類ではなく、何種類もの草花の匂いが混ざり合い、オーケストラのような調和と完成をもたらしているのだ。
極度の花嫌いである中石は思わず顔を歪めたくなる衝動を抑えるのに大変苦労したが、植物が好きで働く先を選んだであろうメイドたちは、ただでさえ明るい表情をさらにぱっと輝かせ、歩き通してきた疲れも忘れ、半ば駆けるように足を進め出した。
中石は「優しい主人」として苦笑いしつつも彼女たちの先行を認容したが、一方で注意力は最大限に働かせていた。
花に響くこの香りは、今まであらゆる花を嗅ぎ分けてきたはずの中石の記憶にもまったくないものだったからである。
さらに数分も進んでいくと、やはりと言うべきか、会長に見せて貰った写真と同じ景色が目前に広がった。
晴れやかに、あるいは控えめに咲き誇る色とりどりの花たち。
展覧会で特賞を授けられるだろう豪奢なものから、獣道を行く小動物たちさえ見逃してしまいそうな小さなものまで、大きさも形もまるで違うが、溢れんばかりの生命力を宿していることだけは一致していた。
花々の茎や葉もまた瑞々しい上に逞しくもあり、たとえ花が枯れても決して終わりではないことをうかがわせるだけのものが宿っていた。
恐らく希少であろう蝶や鳥たちが競って蜜を吸うために集い、虫たちもまた、ゆったりと生きるための糧を探している。
この風景だけを撮っても売り物になるほどの存在感を得られるはずだと、経験豊かなビジネスマンである中石は直感していた。
その幾重にも緩やかに張り巡らされた天然の花園の中心部には細い道が通っており、道の先にはいくつもの洋風の館が見える。
五軒か、十軒か、一方向から見ただけでは定かではないが、結構な数の館がぽつぽつと連なっているのは確かだ。
一つ一つは特別に大きくもないが、これなら区画全体を活用できれば十分に中規模クラスの宿泊施設として通用する。
空気もいいし、植物の密生具合からして、水源の確保も難しくはないだろう。
(となると後は、どうやって花共を始末するかだな……。色々方便は立つが、どれを選ぼうか)
多英を含むメイドたちが嬉々として麗しい花たちと親しんでいるのをいいことに、早くも中石は、「仕事モード」ではなく「趣味モード」で思考を巡らせ始めた。
頭の中で、無機質な機械に放り込まれ細切れになっていく花たちの姿が、焼却炉の中で灰になっていく様子がスライドショーのように次々と浮かび上がってくる。
ただ、妄想の残酷さが足りないのは、このかぐわしい匂いを直接受けているからかも知れないとも思っていた。

 

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