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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

見習い探偵と呼ばないで! Season13-5

   

御影は杉山の自宅で目覚めた。この日からはじめる。杉山 太郎に成りすまし日常を過ごす。

その朝から失態をおかした。が、気を取り直して出掛けた。警視庁の黒塗りの車に気づいた。政木警部たちば見張っている。少しだけその存在に安堵した。

杉山のスケジュールどおりに大使館に間に合うよう急ぐ。だが懸念がひとつある。同僚や知人の存在だ。杉山に成りすましているが、周囲の存在までの情報はなく把握ができていない。その都度、会話を合わせる必要がある。

森谷の対応法を伝授された。「すっとぼける」これだけだった。そして通信機などのアイテムを装備し、念を押すように川上が自覚させる。薪と杉山の特徴と性格。

入館証を警備員に提示する。とてつもない緊張感がこみあげ体を強張らせるも入館を果たす。いちど通ってしまうと血の気が引けるようにすんなりと中になじめる。が、めんどうなことがある。中では英語が基本日常会話。

伯田警部補が英語が堪能のため、御影の声を録音して伯田が代わって英語で返す。ボイスチェンジ機能搭載の通信機に内蔵されている。御影の声で答えるのだ。
伯田がなにを言ったかは時差で日本語に翻訳し、御影はいかにも自分が答えているように態度、表情を作って答える。

これで潜伏中はコミュニケーションをクリアできる。

政木警部は短期決戦を希望した。

 

御影はベッドから目覚めた。いつにない颯爽とした気分で目覚めた。昨日までの朝とはちがう。カーテンを開けると、晴天のそらが微笑んでいるようだ。御影もおもわず照れ笑いをかえす。

朝食は豆腐とわかめの味噌汁、茶碗に白飯。納豆をかき混ぜ卵黄を入れてさらにかき混ぜる。醤油とからしを適量入れさらにかき混ぜごはんにかける。豆とひじきを添えて軽食をとる。これが“御影 解宗”の朝食だ。
「いただきます」律儀に両手を合わせて拝み、その日いちにちが良い日であることを願いながら、つやのある箸を手にとり朝食を食べ始めた。

ニュースが流れているが、これといってスパイの報道はない。薪が逮捕されたことは事実上表沙汰にされていないようだ。

薪こと杉山のことを思いだした。「薪、杉山…、大使館へむかうまえの朝食は…」御影はやっと自分のしでかした過ちに気づいた。

「まちがえたー!」御影は出鼻からくじかれた。きょうからだれでいるか、目覚めて部屋がちがうことに、いつもの習慣と異なるというのに忘れていた。

「きょうから俺は杉山 太郎になるんだった…」

朝は6時起床。テーブルに座り食パンをトースターで焼き、熱したフライパンで目玉焼きとウインナーもしくはベーコンを焼き、付け合わせのプチトマトはベランダで育てている自家栽培物。みずみずしいレタスとキュウリの輪切り、これに塩ドレッシングをかける。コーヒーはインスタント。これで締めとなる。

「毎朝のスタートを怠った。これはスタートの合図の瞬間、ふと足元を見たら靴紐がほどけていたのとおなじくらい台無しで、あとになっても気になってしまうことだ。けっきょくゴールまで結び直すことができず全力をだせずに中途半端な順位で終わる。一位をとれるレースだったというのに…」

御影は杉山の部屋で意気消沈していた。

「めげているひまはない。6時には起床はできた。そして予定どおりの時間の刻みは死守している。あとは早起きニュースのお天気占いを見て…、しまった! あいつの生年月日はわかったが、星座って」

急いで生年月日から調べた。だが薪と杉山の生年月日がちがう。

「どっちを見れば…、やはり杉山だよな」

するとお天気占いは、8位だった。「はっきりとした微妙な感じが、いやおうなく出ている」

さえないまま御影は外出した。大使館へむけて急ぐ。

御影はすぐに察した。自宅を出てすぐに黒塗りの車に。それは警視庁の車だとわかった。以前にも見たことがある車だ。つまり、「政木警部が見張っている。サポートは万全ってこと」

御影は少しだけ安堵した。そのままの気持ちを維持できるように足早に急ぐ。杉山は大使館へ8時半から仕事をするようだ。その10分前にデスクにつくという。

御影はその情報を信じて動いているのだ。

電車の中は朝の通勤ラッシュ。ジャパニーズビジネススタイル。そう日本の名物のひとつだろう。

「これがやっかいだ。窮屈! 肺がつぶれるかも、ぐふっ」御影はおなじようにスーツに身を包んだ男女、年配の禿げあがった頭やくたびれた化粧塗りの社会人たちの仲間になっていた。

「探偵がいいね、やっぱり」心の叫びだった。徒歩はもちろん、自転車、バイク、車は自腹でコインパーキングに停めるなら通ってかまわないのだ。だがもっぱらが電車。通勤ラッシュを避けられる御影はこの地獄の苦痛を毎朝耐え抜いている、大犯罪者である薪をすくなからず尊敬できる。

「社会人らしいなこれ」

大使館の杉山のデスクに着くまでに恐れていることがある。それは同僚の存在。通勤途中で出くわすのが、時間のない事前調査では薪がふんする杉山の素性しか把握はできていない。大使館の同僚は、もはや御影のアドリブ頼りだった。

森谷がどのように対処するか。それは心得ていた。「とにかくすっとぼけること。これに限るね、ほっほっほっほっほっ」と笑っていた。

声を背後からかけられてもどこのだれかわからないというのが極めて危ういのだ。そこをわかった振りをしてもNG。しっかりとオウム返しの答えをすること。そこから徐々に自分との関係性の情報を収集していく。これは大使館の中で行う対処だ。道端は大使館の同僚なのか、偶然でくわしたどこかのだれか。それが背後からナイフで刺すのとおなじような恐怖心がある。
もし声をかけられたら心を抉られるのとおなじだろう。

忍び寄る足音もなく、通勤ラッシュを抜けて六本木一丁目駅で下車し、目的の地サウジアラビア大使館の入り口まできた。

「来たぞ」御影はぼそっとつぶやいた。そして、もうひと言つぶやいた。「了解」

御影の耳にささやかれた指示に答えた。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド


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