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助けたいから

   2016年7月26日  

飛由の幼少時代。
それは今の元気さからは想像のつかないほど病弱だったというものだった。
飛由のために医師免許を取った紅葉も思い。
それはいたって単純なものだった。

 

飛由は四人兄弟の三番目である。
坂下家は四人兄弟、全員男の年子。
両親は若くして結婚し、今もまだ現役で働いている。
母は看護師、父はトビ。
両親は時間が不定期な仕事をしているため、子どもたちは早い段階で家事をマスターした。
とび職は日が沈めば職場での勤務は終了となるが、事務所に戻っての事務仕事も任されているため、父の帰宅時間も早ければ夕方だが深夜になることもある。
長男は大学生、次男は父と同じトビの現場に出ている。
次男に至っては中学生のころにかなりやんちゃで、かなりの回数親が学校に呼び出された。
悪い人間ではない。
不器用なのだ。
理不尽なことが許せない気質に、輪をかけて負けん気が強くて喧嘩っ早い性格だから、煽られれば殴り合いをしてしまうような子だった。
そして弟の紅葉。
とにかく頭の良かった彼は、導かれるがままに家族内では突然変異とも思えるような経歴を築き上げた。
家族仲はとても良好で、みんな普段ばらばらの生活を送っているものの助け合いと思いやりの気持ちは根本的に強く持っている。
口は悪いが気は優しい。
それが坂下家である。

そんな家族に囲まれて育った飛由だが、ほかの家族とは決定的に違うところがあった。
とにかく体が弱かった。
少し疲れれば熱が出る、流行している病気には必ずかかる、予防接種でさえ高熱を出して一歩も動けなくなってしまうほどだった。
比較的体の弱かった紅葉とは、長い時間を共有して育った。
兄弟の中でも飛由の中で紅葉はどうしても特別な存在だった。
唯一の弟ということも、そこにはあったのかもしれない。

それは口には決して出さないが、紅葉も同じだった。
体が弱い飛由を誰より近くで見てきたのが、ほかでもない紅葉だったわけで。
気が付けば、医学の道を目指していた。
いくつの頃からかなんてわからない。
気づけば医学書を、漫画や小説を読む感覚で読んでいた。
勉強も、今から始めようと意気込んだわけではない。
自然といつからか始めていた。
どうして自分は医学の道に足を向けたのか、あのことがあるまで考えもしなかった。

もう4年前になる。
飛由が18歳だったある日の夜中。
トイレに入ったまま飛由が戻ってこなくなったのだ。
飛由と紅葉は同じ部屋で生活をしている。
それは紅葉から親に頼み込んでそうなった。
もともと紅葉が大好き状態の飛由は、両親から紅葉との相部屋を勧められたときに大いに喜んだ。
「ほんとにいいの?!やったー!もう寝れない!寝るのもったいない!」
と、大はしゃぎして喜びそのまま興奮冷めやらぬままに知恵熱を出して倒れた。
それほどよく熱を出していたから、正直な話をすると紅葉は飛由をほおっておけなかったのだ。
口下手な上にそういうことは柄に合わないから、紅葉は絶対に口にはしない。
しないが離れることができなかった。
もしも夜中に何かあった場合、同じ部屋じゃなければ何もできないと思うと妙に怖かった。

──当たらなければいいが…。

ひっつき絡みついてきた飛由を引きはがしながら、紅葉はそっと願うばかりだった。

しかし嫌な予感は当たってしまう。
勉強をしていたらむくりと起き上がった飛由。
「といれ、行ってくるね。」
いつもと変わらないやわらかい物言いと笑顔だった。
しかし、言葉に力がなかったのが紅葉の中で妙に引っかかった。
待っても待っても飛由が戻ってこない。
トイレに行ったまま、もう1時間近くになる。

──おかしい。

異様な雰囲気を感じ取って、紅葉はトイレに向かった。

玄関近くにあるトイレ。
扉は数センチ空いている。
「ひい?」
紅葉は飛由を「ひい」と呼んでいる。
それも家にいるとき、ひとりでいるときだけだが。
トイレから返答はない。
初めて恐怖を感じた。
静寂が怖い。
暗闇が怖い。

その先の光の中にいる、いつも笑っているはずの飛由が怖い。

細い光の先を作る扉をあけると、飛由がばったりと倒れこんでいた。

トイレには吐いたものがそのままの状態であり、若干血液が混ざっていた。
「ひい!」
半開きになった口からは緑がかった液体が垂れていて、体を触っただけでわかるほどの高熱を出していた。

──もう吐くものがない。これは胆汁だ。なんでこんなになるまで、俺は気づけなかったんだ…!

うつぶせていた飛由の体を横に向けながら、紅葉は下唇をかんだ。
こんな状態に陥らせないために同じ部屋にいたのにと、自分のふがいなさをまざまざと感じながら119番通報をした。

病名はつかなかった。
発熱によるおう吐。
精密検査をしたが、何の異常もなかった。
入院期間中の飛由は、いつも笑っていた。
見舞いには毎日誰か家族が必ず出向いていたが、紅葉が顔を出すと飛由はあからさまに喜んだ。
「来てくれてありがとう。」
寝ていようが食べていようが、顔を出せば必ず笑って出迎えてくれた。
退院を目前にしたある日、紅葉に飛由はぽつんと言った。

「もし万が一僕に何かあったら、くうに切ってほしいな…。」

その一言で、紅葉は外科医になることを決めた。

 

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