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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

見習い探偵と呼ばないで! Season13-10

   

 二日目にして御影は杉山に成りきっていた。だがそれはとんでもないほど、森谷も予想外なほどに成りきっていた。

 御影は発信機や通信機のすべてを取り外した。大使館での杉山の仕事をまっとうしようとしている。政木警部たちは驚愕した。ここまで変貌するものだろうかと。

 一同は喫茶店で状況把握にたむろする。そこで森谷がいった。「成り過ぎた」と。それは暗示をかけることでいち早く杉山 太郎に成りきることが可能だという。それが二日目の朝になったと説明する。

 だれもが気づいた。変貌した御影は、穏やかな杉山ではなく、気性の荒い薪のような印象だと。

 大使館の仕事を次々と片付けていく。やったこともない仕事だというのにだ。

 そこにサラが現れた。そしてサウジの男が現れた。アルだ。

 御影ふんする杉山に、サウジの男が取引の仲介者だといった。そのことを真に受けなかった御影は油断した。探偵の勘を失っていたのだ。

 サラもまた、アルの仲間だった。サラは御影を、いや杉山を裏切った。

 

 御影は二日目の朝も杉山の自宅で目覚めた。朝6時起床。テーブルにすわり、手早く食パンをトースターで焼き、熱したフライパンで目玉焼きをこの日はウインナーを焼く。自家栽培しておいて冷蔵庫に保管していた付け合わせのプチトマト。レタスとキュウリの輪切り、これを塩ドレッシングをかける。コーヒーはインスタント。この日はまちがいなく杉山 太郎になっている。

 身だしなみを昨日同様に取り繕い支度をした。「行くか」なぜ、そんなひと言を発したのか御影にはわからない。だが、薪がいっていた。

“毎朝大使館にむかうとき、自宅の部屋からでるときにいう。行くか、と。自分を入れ替えるための合言葉だ”。

 御影ふんする杉山がマンションから出てきた。川上が背後を尾行する。もしかしたら例のサウジの男が現れると思ったからだ。

 だが、いらぬ心配だった。大使館まで例の男は現れなかった。すでに大使館付近で見張っていた黒川刑事。御影が入る前にサウジの男がいるかどうか確認するため見張っていた。

「黒川刑事、例の男はもう入館した?」川上が黒川と合流すると、物陰に隠れた。

「ええ、来ました。どうやら朝はつけてなかったみたいですね。きのう川上探偵が動画で撮影していた映像を一部加工して科捜研でクリアに顔写真をアップしたものを見させてもらいましたから」黒川刑事がいった。

 政木警部もその画像を見た。森谷も、伯田警部補も。そしてきょうから合流した大地にもメールに添付し送信させていた。

 知らぬは御影だけだった。

「御影探偵に教えないのはいいんですか?」黒川はいった。

「いいんだ。あいつに教えて顔を覚えさせてしまったら、大使館内で偶発的にでくわしたとき、一瞬でも動揺を見破られる。知らぬが仏ってな」

「すげー、さすが氷室探偵事務所の探偵はそろいもそれって名探偵だ」黒川は満面の笑顔だった。

「よし、じゃぁ、ここで、それぞれの車で待機しよう」川上は森谷、大地がいる探偵社用の車にもどった。

 黒川刑事も政木警部と伯田警部補がいる黒塗りの覆面パトカーにもどっていった。

 御影の通信機をたしかめるように、政木警部からあいさつがとどいた。

「おはようございます」小さい声でつぶやいた御影。「ええ、もうすぐ自分のオフィスに入ります」

「そう。きょうは一日過ごす必要はないかも。途中で退館してもらう。夜の取引のこともあるから」政木警部はいった。

「そんな、例の男のこともある。おれは最後までのこの仕事をやりきる。まだ大使館職員としてなにもしていない。おれはやる」

「えっ?」政木警部は驚いた。

 無線をきいていた探偵たちも驚愕していた。

「こいつ様子がおかしいぞ…」川上がいった。

「おれには仕事がある。大使館職員としてやることがあるんだ」御影は声を押し殺しながら感情を露わにした。

「えっ」大地がその手に持つiPadの画面を見つめている。音声は大地にもとどいていた。だが、なぜ御影はそこまで怒声を放つのか、不安がよぎった。
 大地は画面から御影の位置情報を確認できていた。が、発信機、そして盗聴器、通信機も取り外した。御影自身の手で。

「どういうことだいったい!」伯田警部補が吠えた。

「ちょっと、御影くん!」政木警部も予想外なことが起きて驚いていた。

「御影!」川上が怒鳴りながらその名を呼びつづけた。

 森谷は唖然となっていた。「まさか…」

 大地は極端に肩を震わせていた。危機回避能力が鋭敏に感じとっていた。

「ふん」御影は鼻息を吐いて、しがらみや背負うもの、そのすべてを振り払った。「おれにはおれのやるべきことがある」

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド


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