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懐かしい人

   2016年8月3日  

 飛由のことにけりがついて数日後、ピアノフォルテに顔を出したのは、諒が以前働いていた結婚式場のオーナーの工藤だった。
 工藤と諒は再会を果たし、定期的にレストランに通えるようになったことをマスターに告げる。
 そして工藤がスタンプカードと引き換えに演奏を依頼したのは、マスターと今は演奏活動を中止している大和だった。

 

 飛由が一足先に帰宅して、残りのスタッフたちでホール内清掃をしていた時だ。
 つい先ほど飛由のことを知って、諒の中にもう一つ疑問が浮かんだ。
「心治さん。」
 今更である質問だが、疑問に思ったことは何でも聞くのが諒の性分である。
「なんだ?」
 最近こうして話しかけてもらえるようになってきて、心治はうれしかったりするのだ。
 諒をスカウトしたのは心治だ。
 レストランに引き入れたのも心治で間違いない。
 しかし心治はどうも人当たりがいい方ではないので、話しかけられるときは大概諒は緊張しきっていた。
 ここにきてしばらくの間は、がちがちの敬語で笑っても引きつっていたし、よそよそしさ満載で挙動不審だった。
 その当時は、これが小野寺諒なんだどこか自分に言い聞かせていた節があるのは確かである。
 それが徐々にここに慣れてきて、少しずつ無理のない表情を出してきた頃からか、諒の仕事での小さなミスが減っていった。
 今では一人でできることがかなり多いし、時と場合によっては誰かの助っ人には飛び入りで入ることだってある。
 そんなことを思っていると、心治は一人、諒の成長に感動さえ覚えていた。
「飛由君って、楽器を弾いてるところ見たことないんですが何を弾くんですか?」
 今更感満載だが、諒の顔はいたって真面目である。
 無下に“なんだ今更”なんて言えない。
 なんだかんだ心治はお人よしだったりする。
「あいつはここで唯一楽器を持たないスタッフなんだ。」
 心治から告げられたそれに、諒は目を丸くした。
 今まで気づかなかったのがほぼ奇跡だったのだが、諒の視野が他人にまで広がったと思うようにすればこれもまた進歩である。
「楽器を触っているところなんか見たことがないだろ?」
 心治に言われて、諒は大きく納得してしまった。
 確かに今まで一度も飛由が楽器を触っていることろを見たことがない。
「スタンプカードがいっぱいになって飛由を指名した場合、あいつと二十分ほど話す権利が、スタンプを提示した人間に発生する。だテーブル席だと座って話さなければならないが、カウンター越しなら立っているからほかの仕事もできる。だからあいつは大体カウンターにいるんだ。」
 そういわれてみれば、よくお客さんと話しているのを見ていた気がする。
「坂下君の人気は根強いですよ!スタンプ制度ができてずっとひっきりなしに指名が入ってますし、常に順番待ち状態なので。」
 マスターが会話に加わってきた。
「話してて安心しちゃうのは、僕だけじゃないんですね。」
 にこりと笑って諒が言うと、マスターもうれしさをにじませた顔でうなずいた。
「坂下君は独特な雰囲気がありますからね!マイナスイオンが出てるのか、癒し効果が絶大で女性の方からのオファーが絶えません。」
 スタッフ自慢はマスターの十八番である。
 雇っているスタッフは全員我が子のように愛しているし、スタッフ同士が仲がいいことがマスターにとっての最大の喜びなのだ。

 ──マスター、うれしいのはわかるけどマイナスイオンが出てるって…。

 すかさず内心つっこむ和彩。
「みんないい子で私はうれしいです!」
 マスターの最終的なまとめはそれになる。

 

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