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プラスワン・キャスト

   

巨大企業、「サキエオールレンジグループ」を率いる江崎 俊雄は、本業とは別のところで充実を感じていた。マイナー映画を紹介するサイトを運営していたことが受け、紹介した映画の邦訳版が発売される際、チョイ役の吹き替えを頼まれたのである。ずっと俳優志望だったが、先代の急死により家業を継がなければならなかった江崎にとって、まさにそれは念願と言える展開だった。

そんなある日、岩井と名乗る映像関係者が江崎のもとを訪れた。彼は、チョイ役で演じただけの江崎の声が気に入り、是非別の作品でも吹き替え、アテレコなどの声の仕事をして欲しいと言ってきたのだ。

だが、元の作品が江崎のライバル会社の支援を受けているという関係上、江崎は身分を明かさず撮影現場にも姿を見せない「プラスワン・キャスト」、つまりは「別録り」での作品参加という形になるという話だった。

いかなる形であれ、抱いていた夢が叶うことを喜んだ江崎は、その条件を飲み、精力的に仕事をこなしていく。結果、徐々に注目度が高まり、ついにはアニメ映画の主演という大役までものにすることになったのであるが……

 

「ふふ、ふふふふ……」
 室内であるにも関わらず、「広大」という形容詞がしっくりくるほどの面積を誇る社長室の中でも一際目立つ豪奢な座椅子に身を沈め、江崎 俊雄はこみ上げる笑いを抑え切れないでいた。
 今年で五十七歳、本社のみならずいくつもの関連会社まで株式を上場している巨大企業、「サキエオールレンジグループ」を率いる、冷徹なまでの野心家として普段見せる表情とはまったくかけ離れていると自分でも分かるが、頬が緩んでしまう。
 目の前に山積された「スパイシーゾンビVSグルメ鬼族」と記され、いかにもチープなロゴと画像が掲載されたDVDケースは彼にとって、平静を失わせるに充分過ぎるものだった。
 日本国内ならほとんどの人間が知っているという大企業を率いる江崎だったが、映画マニアという隠れた顔を持っていた。
 それも、一般的な名作の基準からは外れた、C級、あるいはZ級と呼ばれる作品を特に好んでおり、堪能な語学力と時間に融通がきく身分を活かして、邦訳されていないようなマイナー映画を劇場で楽しむのを至上の喜びとしていた。
 江崎には能力と資金と余暇があり、しかも養うべき家族はいなかったため、物凄いエネルギーが注ぎ込まれるのはむしろ必然だった。
 江崎の情熱は鑑賞だけにとどまらなかった。
 匿名で映画レビューサイトを運営し、観てきた映画を面白おかしく評論することをライフワークにしてきた。
 匿名にしたのは、大々的に世間にアピールしようということではなく、波長が合う同好の士だけに理解して貰いたかったためであり、また、遠慮なくどうしようもない映画を斬り捨て倒したかったためでもあった。
 江崎ほどの人間が身分を明かして堂々と叩きまくってしまうと、斬られた方としては「営業妨害だ」ということになるし、知名度から必要以上の説得力が生まれてもしまう。
 商売敵を潰したいわけではなく、単純に一人のファンとしてネタとして楽しみたいだけなのだ。
 そんな考えのもと、その日も江崎は、当地の買収予定企業の社長と話した後、映画を観た。

 

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