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歴史・時代

大正恋夢譚 〜白菊〜 <1>

   

いいえ、ミスター、違うのです。
どんな非業の死を遂げても、遺された者がどれほどの怒りや悲しみや憎しみに狂おうとも、本人が自分に訪れた死を飲み込んでしまえば、その魂は行くべきところへ向かうようです。

小説版『東京探偵小町』外伝
―サタジット・ワリー&逸見晃彦―

Illustration:Dite

 

 あの娘に指をさされてから、今日で七日です。
 輝彦くんの話が本当ならば、そう遠くないうちに、わたしの身に何か起こるでしょう。そうなればそれは、わたしにとって、決して喜ばしいことではありますまい。

 泣きながらわたしを指さした娘。
 あの娘は、何者だったのでしょう。

 幽霊だの妖怪だのというものは、恐怖にあおられた憶病者の作り出した、単なる幻影にすぎない――ええ、ミスター、世にある多くの人々は、そう思っております。それは一方では正しく、一方では誤りでありましょう。なぜって、この世にはたしかに、言葉では説明しきれないものがあるからです。覗きからくりのまやかしのような、世にも不思議な『あやかし』なるものが、いつもどこかにひっそりと息づいているのです。

 それに気づくか、気づかないか。
 認めるか、認めないか。
 要は、それだけの差でしかない。
 そうです、ミスター永原、わたしはそう考えているのです。

 輝彦くんが亡くなって十日が過ぎたその晩、わたしはようやく、一連の出来事をノートに記し終えました。夕方から降り続いていた雨がやみ、窓の外からは、かすかに虫の声が聞こえておりました。
 階下の大家夫妻はとうに布団に入ってしまったのでしょう、すっかり寝静まった家のなかは、シンとして音もありません。わたしはノートのインクが乾くのを待ちながら、手元を照らしていた洋灯を掲げて、押入れの横の古びた柱に掛かる、日めくりの暦を何枚も破りました。
 若い友人が亡くなるのと同時に夏は去り、季節は確実に移り変わっておりました。しかしわたしは、いまだに彼の死を……輝彦くんがいなくなってしまったことを、飲み込めずにいるのです。
 わたしは薄っぺらい暦の紙を無造作に丸めてほうり投げ、押入れから布団を引っ張り出すのももどかしく、横になりました。あかりを落とすと、気のせいか、虫の声が大きくなったようでした。明日のためにも早く眠ってしまわなければと目を閉じるのですが、そうすると、余計に頭が冴えてしまうようでした。

 輝彦くんの死。
 そして「あの娘」。

 暗い天井の隅、闇以外の何もない場所。
 そこをじっと見ていると、その言葉が壊れたレコードのように、頭のなかをぐるぐると回りはじめました。

 

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