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大和がトランペットを吹かないワケ

   2016年8月10日  

 工藤からの楽器演奏の依頼を、大和は即座に断った。
 自分で休止したトランペット演奏を再開するのは、自分のタイミングでと大和は決めていたのだ。

 大和が楽器演奏から今退いている理由。
 それは大和自身が戸惑っているからだった。

 

 
 飛由のように相談事で大和が呼ばれたことは、今まで一回もない。

 ──ついに俺の時代が来たか…!

 飛由がいつも大人の相談事を受けているのを見ていて、なんで年上の俺に話が回ってこないんだと疑問に思っていた。
 周囲が抱いている大和への印象と、大和本人が思い描いている理想像はあまりにもかけ離れている。
 大和が子どもっぽい面を持っているのはもちろんだが、ここのスタッフ全員が年齢よりもはるかに落ち着いている。
 だから大和の子どもっぽさが際立ってしまうのだ。
 大和は相談役というより、元気をもらえるマスコット的な立ち回りで、落ち込んでいたら明るく元気に励ましてくれる勢いのあるキャラクターという印象が非常に強い。
 それがこっそり不服だった大和としては、まさか最初の相談客が工藤だとは思いもしていなかった。

 ──工藤さん!さすがお目が高い!俺はこの時を待ってたんだ!!

 大和本人は比較的無表情のつもりだが、顔がすでににやけきっている。
「顔が気持ち悪いんだけど。へらへらしないで、ちゃんとしなさい。」
 カウンターに差し掛かってきた大和に、和彩が釘を刺す。
「はいはーい!」
 いつのならば気持ちが引き締まるはずの和彩の小言さえ、今の大和にはなんてことはない。
 のんきでありながら、今の大和は精神的無敵状態といえる。
 上機嫌の頂点状態を維持したまま、大和はマスターと工藤のもとに出向いた。
 大人の余裕を見せるため、とりあえず咳払いをしてみる。
「お呼びでしょうか、工藤様。」
 何ともとってつけたような大和の接客と物言いに、工藤は思わず小さく噴き出した。

 ──あれ?

 何か違ったのかと、大和は小さく首をかしげる。
「君はいつ見ても楽しそうだね。」
 今は聞きたくない褒め言葉である。
「今日の俺はいつもと一味違います。いえ、一皮むけてます。」
 そう。
 今日の大和は、アダルティなのだ。
 そのつもりなのだ。
「そうか。それは頼もしい。」
 そういうしかない。
 大和の自信に満ちたにやけ顔を目の当たりにしている工藤の大人な対応である。
 若干の困り顔になっている工藤ではあるが、演奏依頼は容赦なく大和にたたきつける。
「君にトランペットを吹いてほしい。」
 大和の表情が、一瞬で固まった。
「今すぐに返事をもらいたいわけではないんだ。どうか考えてはもらえないか?」
「お断りします。」
 即座の提案拒否だった。
「どうしてもか?」
「演奏再開に関しては、俺自身のタイミングでと決めています。申し訳ありませんが、そのお話はお受けできません。」
 苦笑しつつも、大和の意思は変わらなかった。

 大和が仕事に戻り、カウンターにはマスターと工藤が残った形になった。
「工藤さん、」
 申し訳ありませんでした。
 マスターが謝罪しようとしたのだが、それを工藤がそっと遮断する。
 シーっと人差し指を立てて自分の唇にかざし、それ以上はもういいんだとマスターに言葉ないまま伝えた。
「無理強いさせたいわけではないんです。彼に復帰のきっかけを持ってほしかっただけなので、この話は私の傲慢。だからマスターは謝ることなんて全くないです。むしろ私が謝らなければならないくらいです。」
 大和は自分のタイミングで行動しているし、それを曲げることは絶対にない。
 わかってはいたものの、もしかしたら万が一話に乗っかってくれるのではないかと、工藤は思っていたのだ。
 当たることのない万が一に期待してしまったわけだが、やはりふられてしまった。
「彼の復帰が待ち遠しいものだ。」
 大和の復帰を心待ちにしているのは、工藤だけではない。
「そうですね。」
 マスターだってそうなのだ。

 大和がトラペットから離れて、すでに一年が過ぎていた。

 

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