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歴史・時代

大正恋夢譚 〜白菊〜 <3>

   

「嘘じゃないぜ。その夜から、熱がひどくなったんだから」
「まさか、テルヒコくんは、そのヒトのせいだというのですか?」
「七五頁の解説……読んでみてよ」

小説版『東京探偵小町』外伝
―サタジット・ワリー&逸見晃彦―

Illustration:Dite

 

 ええ、そうなのです、ミスター。
 いくら体調を尋ねても、輝彦くんはまっすぐにわたしの目を見て、困ったように笑うだけでした。泣き出す寸前のような顔にも見えました。そうして何も答えないまま、額を冷やしていた手拭いを外し、わたしに放って寄越しました。手拭いは、すでに半乾きになっておりました。
 わたしは悪い予感を必死に追い払いながら、渡された手拭いを、氷の塊を入れた金だらいの水で冷やし直しました。じっとりと汗ばむ輝彦くんの額に、冷たい手拭いをあててやると、輝彦くんはかすかに笑みを浮かべて、気持ち良さそうにまぶたを閉じました。
「……どうしよう、タジさん。始業式まであと四日しかないのに……課題、全然やってないんだ」
「なあに、カダイのひとつやふたつ、このタジさんがてつだってあげますヨ。テルヒコくんはこのキカイに、このさきイッショウブンのビョウキを、すませておしまいなさい」
「あは。そりゃ、いい考えだね…………」
 枕元に置かれた朝食の膳に、箸のつけられた様子はありません。しかし、輝彦くんに食べるかと聞いても、答えは否でした。
「いけませんネ、そんなことでは。ダイジなおにいさんに、あまりシンパイをかけるものではありませんヨ」
「ちぇっ、タジさんまで、シズさんみたいなこと言うんだもんなあ」
 そうやって口をとがらせるところは、まだ子供なのでした。
 わたしは抱えた包みから、紙の箱に入った小さな菓子を取り出しました。輝彦くんが欲しがっていた氷の塊に似た、透明な寄せ菓子です。
「タジさんのオオヤさんが、『キンギョクトウ』という、とてもキレイなオカシをくれたんですヨ。ほら、まるでコオリみたいでしょう。テルヒコくん、おすきですか?」
「キンギョクって、ああ、錦玉糖のこと? 好きだけど……でも、ごめん…………今はいいや」
「タジさんもひとつたべましたけど、あまーいですヨ。おクスリのあとに、ごほうびに、たべたらいいのです。テルヒコくんがはやくよくならないと、リヒトだって、さみしいでしょう」
「うん……あいつ、俺と遊びたがって鳴くもんだからさあ…………一日に一回だけ、家に上げてもいいことになったんだけど」
 玄関の方角に目を向けて、輝彦くんは、ひっそりとため息をつきました。聞くと、リヒトをほんの三十分ほど構ってやっただけでも、ひどく疲れてしまうというのです。
「ね、タジさん、リヒトを連れてきて。俺……明日、帝大のうんとおえらい先生に診てもらうんだけどさ……兄さんの口ぶりだと、入院することになりそうなんだ」
「テイダイの、フゾクビョウインに、ですか?」
「たぶんね。でも、帝大附属ってみんな兄さんの顔見知りだから、本当はちょっと嫌なんだ。妙にかまってくるんだもん」
 何か、思い出したのでしょうか。
 輝彦くんは、おかしそうに、ふふっと笑いました。
「特に、若い看護婦さん。みんな兄さんのこと、狙ってるんだぜ。だからほら、将を射んと欲すればってヤツ」
「ショウ?」
「えっとね、兄さんを振り向かせたいなら、まずその弟である俺を懐柔するべきだってこと。ねえ、そんなことより、早くリヒトを連れてきて」
 うなずいて、わたしは玄関に向かいました。

 

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