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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

Egg~ノクターン~episode8

   2016年8月19日  

 世の中には、きっと人の為にしか生きられない人間と、自分の為にしか生きられない人間がいると思う。なら私は、自分の為にしか生きられない人間だ。

 大人のためのラブストーリー!
 ビターな時間を、どうぞ。

 

 人は誰かを愛すると、優しくなれるんだろうか?
 女は恋をすると、本当に美しくなれるんだろうか?

 自分の中で何かが壊れ、崩れ、そして何かが生まれ、変わっていく……。

 私は、ララのベッドの上で目を覚ました。
 あの後の事は何一つ覚えていない。
 キッチンから何やら物音がする。多分、ララが何かしてるんだろう。
 頭が、ズキズキと痛い。上着と銃がハンガーに掛けられ、ベッド脇に引っ掛けられている。そこから、銃を取り出した。
 瞼に焼きつく最後の光景。暗闇の中浮かび上がる紫の眼に、僅かに通った良く知った香水の香り。
 膝を抱えたまま、静かに泣いた。嗚咽は絶対に洩らせないと思って、必死で堪えて、歯を食いしばって泣いていた。
 ジェヴィットもアルバートも、もう居ない。
 だけど、それより……。
 30分程泣いていたと思う。泣き腫らした目を気にするまもなく、拳銃のマガジンを取り出した。弾は抜かれていなかった。再び装着すると、あの小気味良い音がする。いつもは心地よく感じる音も、今の私にとっては痛い以外のなにものでもなかった。
 私は、ベッドから降りた。
 リビングに行くと、ララが珈琲を手にパソコン画面を覗き込んでいた。私に気付き、振り向いた。あの、いつもの笑顔で。
「気が付いたんだ。レモネード、作ろうか?」
 ララは、右目に眼帯を付けている。ドラッグストアやコンビニで売っているような、プラスチック製の白いやつ。その安っぽい光沢が蛍光灯に反射し、痛々しくも見える。
 立ち上がるララの問いを無視し、私が質問を返す。
「ねぇ、右目どうしたのさ?」
 彼は少し困ったように言った。
「あぁ、パープル・アイにやられてね。ジェヴィットもアルバートも殺られてさ、俺だけ逃がしてくれたんだ。二人とも最後まで勇敢に立ち向かって……」
「もういいわ!!」
 ララの台詞を最後まで聞かず、遮った。同時に、涙が溢れ出す。

 駄目だ……。涙が、止まらない。

 私は向き直るララに、拳銃を向けた。
「…………」
「フォックス」
 泣き顔を晒したくなくて、俯いたものの、顔が上げられない。こんなんじゃ、銃なんて撃てる訳がない。
 情けなくも噛み殺しきれない声が洩れる。
「…………撃てよ」
 冷たい、彼の声が耳に響いた。
「騙してた?」
「あぁ」
 いつだって、否定して欲しいときに限って、否定してはくれないんだ。
「……何故、あの時殺さなかった?」
「殺せなかったんだ」
 歪んだ視界で、ララの顔を見上げた。向かい合う彼は……ララは、全く別の人間に見えた。私の、知らないララ。
 言いたい事は山ほどあるのに、言葉にならない。
 黙りこくった私に、彼は諦めたように言葉を作った。
「いつ、気付いた?」
「逆光だったけど、見えたの。見えて……それから、香水がララと同じで……」
 答えるのが、精一杯。
「……香水……か……」
 ふっと、哂う。
「信じたくなかったよ!! だけど……」
 ララが眼帯のゴムに手をかけ、それを外した。同時に、銀色の髪を掻き分け、その目を向けた。
「…………」
 右目に紫の義眼が、左目にはいつのも藍色の眼が覗いている。
「俺の目を良く見てみな。今の俺はララじゃない、パープル・アイだ。お前を殺すかもしれない」
 ララがゆっくり歩み出て、私の握る拳銃の口が、彼の胸部に密着した。思わず私の左足は下がるものの、後に引くことはしなかった。
「……いつか、覚悟してた事だ。フォックスになら、殺されても構わないさ」
「……いつもの義眼は? なんで、パープル・アイなのさ?」
 彼は、悲しそうに言う。
「視界が悪いからね。時々感覚が上手く取れなくなって、細かい作業が出来ないときがあるんだ。それで、割っちゃった。明日、気付かれなければ新しい義眼を作り直すつもりだった」
「……そう……」
 ララの手がふいに、俯く私の顔へと流れ落ちる赤毛を掻き上げた。
「何故、あのとき殺せなかったんだと思う?」
 何故こんな時ですら、ララは優しいのだろう。
「しらない。面白がってた? それとも、気付かなければ殺す手間も省けるのに、とでも?」
 何故こんな時ですら、私は素直じゃないんだろう。
 ララは言う。
「今でも、愛してる」
 私の、身体が震えだす。
「面白い? 私を……弄んで?」
 今度は、彼の手が私の頬を優しく撫でた。
「なぁ、フォックス。一緒に、死のうか?」
 それも、いいと思った。

 世の中には、きっと人の為にしか生きられない人間と、自分の為にしか生きられない人間がいると思う。なら私は、自分の為にしか生きられない人間だ。
 人の為にしか生きられない人間が自分の為だけには生きられない様に、この手の人間はどうしても人の為には生きる事ができない人間なのだ。それは器用か不器用か……いいや、それ以前の問題で、多分、人の生まれ持った性質。

 「死にたければ勝手に死ね。私を……巻き込むな」
 引き金なんか、引けなくて。引き金の引けない拳銃を、ずっとララに押し当てている。
 その拳銃を離すと、グリップをララに向けて呟いた。もっとも、卑怯な行動だけれど、こうするしかなかった。
「……ララが……選べばいい……」
「?」
 彼が、銃を受け取った。
「自殺するか。私を殺して、あんたも死ぬか。それはララが決めたらいい」

 ―― ねぇ、神様。神様は、本当にいるんですか? もしもいるのであれば、何故私達だけには冷たいの?

 手渡した銃を握り締め、徐に腕を上げながら銃口を自らのこめかみに押し当てる、彼。
 私も、ゆっくり瞼を閉じた。

 銃声の代わりに鉄の塊が床にぶつかる重たい音を聞いたとき、私はただただその場に泣き崩れるララを抱きかかえながら、私自身も涙を流す事ぐらいしか出来なかった。

*****

 

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