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SF・ファンタジー・ホラー

ウパーディセーサ〈五十六〉

   2016年8月25日  

あぁ、怖い。怖い、怖い、怖い、怖い。身体中に何かが入ってくる。痒い、痒い、痒い、痒い。痒い。もう耐えられない

 

 仮面の男は蚊でも避けるように奇妙に頭を揺らせながら徐々に間合いを詰めてくる。その異様な空気にひるんだ僕は、反射的に後ずさりをした。
「はははっ。ビビっているようですね。誰かさんとは大違い。あなたの親友は何も恐れなかった。あなたの親友はあなたを救うため、自ら実験に参加した。そう、クローンですよ。類い稀なる運動能力と判断力、彼は百年に一人の逸材です。しかし、悲しいかな。彼は騙されていた。このマハーパリニルヴァーナという悪の組織にまんまと。結果、洗脳によりあなたを傷つけた。その傷つけたことにさえ気がついていない。幸せ者ですよね。あっ、そうそう。緋多弘平くんもそうでしたね。我々が彼の両親を消したのに、弘平くんは我々に貢献しようとした。〝しようとした〟だけですけどね。結果、彼は何の役にも立たなかった。あなたはどうなんですか? 何かの役に立ってますか? ははっ、いい表情をしますね」
 仮面の男がそう言ったとき、刃物がこすれるような鋭い音がした。
「お前は人の心を何だと思っている。手玉にとって、操っているつもりか。なら愚かだ。心とは操るものではない。合わせるものだ。お互いに鼓動を合わせることによって、信頼が生まれ、その信頼が行動になる。操っていると思っているのなら、貴様に勝機はない。貴様は自ら破滅を招くだろう」
 川上が刀を鞘から抜き、切っ先を仮面の男に向け、睨みつけるように言い放った。
 宮守が僕の肩に手をかけ、下がるように促した。
「おやおや、あなたは確か川上一元。ということは、その刀は妖刀ミコトですね? 僕は信じていないんですよ、科学的根拠のない噂話は。そんなボロ刀で僕に太刀打ちできると思っているんですか? 今日で川上流は滅びますよ。いいんですか?」
「私は大口を叩く輩が大嫌いなんだ。貴様に守るものはないと見た。守るべき存在がある私に勝てると思うなよ」
 赤い部屋が張り詰めた空気に包まれた。それはどこからやってくるのか。まるで川上と仮面の男は互いに海を挟み、断崖絶壁の岸に立っている。その間から吹く潮風が、この空気を運んできているようだ。
「いざ」
 そう川上が叫んだかと思うと、目にも留まらぬ速さで二人の白く輝く刃から火花が散った。川上の刀が仮面の男の刀を押している。

 それから半刻ほどの間、両者のつばぜり合いが続いた。仮面の男は川上に負けず劣らず、互角の力で鼻先まで迫った刃を押し上げている。おそらく勝敗を分けるのは集中力だろう。少しでも気を緩めた方の負けだ。そんな時、仮面の男が口を開いた。
「あなたは言った。守るべき存在があると。しかしあなたは過去に守るべき存在であるはずのものを殺した。違いますか?」
「何を言っている」
「泉陽一とその伴侶、泉かすみ。そう、あなたの妹。川上かすみ」
「なぜ貴様がそのことを知っている」
 川上は淡々とした物言いで訊いた。
 すると仮面の男は川上の刃をはじき返し、後ろへ下がり、左手でゆっくりと右の頬をつかんだ。
「だって、僕は……」
 そう言って、仮面の男は勢いよく仮面を脱ぎ捨てた。
 そして薄くなめらかな唇の真ん中につけられたリングピアスを真っ赤な舌で舐め、言った。
「一元おじさん、お久しぶりです」
 その顔を目視した川上の両腕がだらりと垂れ下がった。
「泉…勇作……」
 僕らに背を向けている川上の顔は見えないが、おそらく川上の瞳孔は開ききり、細かく痙攣していることだろう。
 その川上の動揺を逆手に取った泉は、刀を逆手に持ち替え、勢いよく川上めがけて槍の要領で投げた。
 その刃先は川上の左の胸を貫き、背中から突き出した切っ先から真紅の体液が流れた。

 

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