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舟島

   2016年8月25日  

松野川と早川が交わるところに作られたから、松早島という名が付けられた。だが、大きな川の真ん中にあって、舟でしか行き来出来ないことから舟島という通称が流行り出したので、松早島という名で呼ぶ者は少ない。そこは水上の遊郭だった。
遊女が孕んだ赤ん坊を殺して食い扶持を稼ぐ男と、生きている赤ん坊を見たがる女とが、その島の片隅にいた。

 

 松野川と早川が交わるところに作られたから、松早島という名が付けられた。
 だが、大きな川の真ん中にあって、舟でしか行き来出来ないことから舟島という通称が流行り出したので、松早島という名で呼ぶ者は少ない。
 そこは水上の遊郭だった。
 船頭が操る小舟に乗って、日夜問わず恰幅のいい男達が出入りする。
 遊女達は四方を囲む川のせせらぎを聞きながら、客の相手をする。
 そしてこの男、千木丸(ちぎまる)は、孕んだ遊女の子を取り上げ、始末をして食い扶持を稼いでいる。
 今日も一日中何軒もの郭を回り、遊女の股から赤ん坊を取り、殺して金を受け取った。
 遊郭が寝静まる早朝、千木丸は大きな風呂敷包みを肩に担いで、島の南端の船着場へ向かう。いくつもある船着場の内の一つだが、そこは日当たりが悪く見通しも悪く薄汚れているので、金持ちの客は寄り付かない。船賃をケチった客や、いかがわしい遊郭においてもさらにいかがわしいことをしようとする者以外、ほとんど寄り付くことはしない。
 千木丸は、いつもそこから赤ん坊の死体を流している。
 大きな風呂敷包みの中は、女の産道から這い出てすぐに殺された、何人もの赤ん坊の死体だ。血も臍の緒もそのままにして包んでいるから、風呂敷はもとの色がわからないくらい真っ黒に汚れている。
 踏み固められた道の端に、枯れ枝が引っかかっているような頼りない桟橋があって、その先に薄汚れた小舟がある時もあるし、ない時もある。今日は舟はない。ただ、赤い襦袢を纏った女が一人佇み、揺れる川面を見つめている。
 女の傍まで歩み寄り、足元に風呂敷包みを下ろして、死んだ赤ん坊の小さな足を掴んで川に放り投げる。ぼちゃん、と響いた水音に、女が千木丸に振り向いた。
「おはよう、ちーさん」
「おはよう、多恵(たえ)」
 女は、多恵という名の遊女だ。この船着場の近くで、格安で客を取る。格安の理由は顔の火傷だ。大きな郭で抱えられていた時に、他の女の客を取ったとかで、嫉妬で顔を焼かれたらしい。もともとは綺麗な顔をしていたようだが、今は見る影もない。黒い瞳も白い頬も、艶やかな髪も、ぐずぐずに崩れている。
 風呂敷の中の赤ん坊の死体を、芋を選別するみたいにポイポイと川に投げ捨てる千木丸に、多恵は驚くでも嘆くでもない。いつも見ているその光景を、興味深そうに黙って見ていた。
 やがて赤ん坊を全部投げ捨てて、血で汚れた風呂敷を丸めて懐に押し込む千木丸に、多恵は言う。
「ねぇ、ちーさん。今度、生きてる赤ん坊を連れて来てよ。あたし、生きてる赤ん坊が見てみたいわ」
「何言ってる、駄目だよ。赤ん坊を殺すために、俺は雇われてるんだ。生かしておいたら銭を払ってもらえねぇ。大体、見るだけなら生きてても死んでても同じだ」
「見るだけじゃ嫌よ。触ってみたいわ。生きている赤ん坊は、温かいんでしょう?」
「そりゃ、な。はらわたの中から出て来たばっかりじゃ、熱いくらいに温かいよ。けどそれだけだ」
 まだ何か言おうとする多恵の細い肩を、赤ん坊の血で汚れた手で軽く叩いた。血で汚れていても、多恵の襦袢も血のように真っ赤だから、大して目立たない。
 多恵に背を向け、自分の家へと歩きながら、千木丸は想像した。
 赤ん坊を抱いてあやしている多恵の姿だ。
 そう悪いものでもない、と思った。

 煌びやかな装飾に覆われた玄関を素通りして、館の裏に回る。
 奥の土蔵で客が待っているのだ。
 中に入ると、太い梁と丸裸の女が、薄黒い縄で繋がれていた。梁から吊り下げられた女の白い裸体は、両手を後ろ手に縛られ、両膝も木の棒で固定され、股間を大きく開いた状態で動けなくされている。口には猿轡を噛まされた女の腹は大きく膨らみ、よく見ると、黒い茂みの向こうからすでに小さな頭頂部が覗いていた。
 土蔵に入って来た千木丸に気付いたのは、女の周りを取り囲む男達だ。女は出産の痛みで白目を剥き、歯を食い縛って涎を垂らして呻いている。
「おぉ、待ってたよ」
 一番いい着物を着ている男が、千木丸に笑いかけた。その男から金を受け取り、袖に押し込んでから、吊るされた女に近付く。白い肌は上気して汗を噴出し、振り乱す髪もその汗で肌にべったりと張り付いている。目の前に立ち、股の間に手を伸ばす千木丸の存在に、女はやはり気付く余裕もない。真っ赤な液体と固体が弾けるように飛び出て、千木丸の両手の中に小さな赤ん坊がすっぽりと納まる。出産の叫び声も猿轡に阻まれて不自由な呻き声にしかならず、そこに重なるはずの赤ん坊の泣き声も聞こえない。
 手に受けた赤ん坊の首に、指を絡めて軽く捻れば、こくん、と折れる。
 産み落とされてすぐに殺された赤ん坊の小さな死体を、いつもの風呂敷に包んで抱える。剥き出しの股間からダラダラと残滓を垂れ流す女には目もくれず、千木丸は、さっき金を出した男に振り向いて頭を下げた。
「毎度どうも」
 それだけ言って蔵を出て、次の郭に向かった。

 南端の船着場へ、翌早朝、向かう。
 まだ弱い朝日の下で、今日は二つの人影があった。一つは多恵。一つは船頭の花吉(はなきち)だ。陣笠を被り、安い煙管で安い煙草を吸っている。彼の商売道具の小舟の上で、二人は向き合い、川の流れに揺られていた。
「あら、ちーさん」
 グズグズに焼け爛れた顔で、多恵が笑う。その正面で紫煙を吐いていた花吉は、道を歩いて来る千木丸に背を向ける格好だった。多恵の仕草で千木丸の登場に気付いた花吉は、煙管の吸い口を咥えたまま、肩越しに振り返り、軽く片手を上げた。それが彼の親愛を示す動作だ。もともと口数の多い男ではない。
「よう、多恵、花吉」
 言いながら、足元に風呂敷包みを広げる。今日の赤ん坊は八人だ。小さな足を掴んで、朝日を受けてキラキラと光り輝く川面に一人ずつ放り投げる。

 

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