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歴史・時代

大正恋夢譚 〜白菊〜 <4>

   

「おなじです……おなじです、ドクター。
テルヒコくんは、このタジさんの、とてもかわいい、
とてもタイセツな、わかいニホンのユウジンでありました」

小説版『東京探偵小町』外伝
―サタジット・ワリー&逸見晃彦―

Illustration:Dite

 

 ミスター、これは彼の運命だったのでしょうか。
 絶対に、避けることのできないものだったのでしょうか。
 翌日の夕方、取材先からそのまま帰宅したわたしを待っていたのは、輝彦くんの訃報でした。帝大附属病院に入院したという知らせではなく、輝彦くんが亡くなったという知らせだったのです。
 わたしは下宿先の玄関に荷物を放り出すや、一目散に駆け出しました。停車場から、今にも出ていこうとする電車に飛び乗ると、鼓動が脳髄まで不気味に響き、冷汗が背中を伝いました。

 信じられない、信じたくない。

 電車のなかで、わたしはずっとそう繰り返しておりました。
 昨日の様子を見て、たしかに、病が重くなっているとは思ったのです。だから、輝彦くんはきっと入院することになり、下宿にその知らせが届いているだろうと思っていたのです。
 それなのに、まさか、昨日の今日で、もう二度と会えなくなってしまうなんて。そんなこと、予測できるはずがないのです。

 三河台町に着くや夢中で電車を降り、わたしはなかば狂人のように、逸見邸を目指しました。そんなわたしを見つけてくれたのは、表通りで行き合わせた、半襟屋のご主人でした。逸見邸に行くまでに、いつもその半襟屋の前を通るので、顔なじみだったのです。
「なんでも、明けがたから、急に苦しみ出したそうですよ」
「なんと……かわいそうに…………」
「軍医殿が大急ぎで帝大のおえらい先生を呼びなさって、そのときは少し持ち直したそうなんですが……うちの家内が聞いたところによると、昨夜から、熱が大層ひどかったそうで」
 そんな話を聞くだけで、輝彦くんの苦しみが伝わってくるようです。半襟屋のご主人も同じだったのでしょう、やりきれないというふうに肩を落とし、逸見邸のほうに目をやりました。
「亡くなられたのは、四時過ぎだそうです。軍医殿がずっとつきっきりだったのが、せめてもの幸いだったでしょう」
「では、テルヒコくんは、おにいさんにみとられて、なくなったのですネ。だいすきなおにいさんに、みとられて…………」
 それ以上は、わたしも半襟屋のご主人も、言葉が続きませんでした。あまりに、悲しすぎたからです。
 わたしはにこみあげてくる涙を払って、逸見邸に向かいました。ようやくたどりついた逸見邸は、すでに近所からの葬式手伝いでひしめきあい、落ち着きをなくしておりました。玄関からなかなか奥へ進めないでいたわたしを迎えてくれたのは、誰あろう、晃彦氏でした。
「このたびは……………………」
「そんな挨拶は無用だ」
 軍人らしく、顔色は変わっておりませんでした。
 しかし、晃彦氏の声には、内に閉ざされた悲しみが、とても色濃く現れておりました。
 わたしはただ深く頭を下げて、変わり果てた輝彦くんの待つ、縁側の座敷に入りました。輝彦くんは昨日までとは逆向きに寝かされ、薄い掛け布団の上には小刀が置かれてありました。そしてその枕元には、まるで悪いものから輝彦くんを守るかのように、リヒトがじっと控えておりました。

 

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