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ノンジャンル

寛容な妻 寛容な会社

   2016年8月26日  

「ああ……っ! 俺はどうしたらっ」
 鹿嶋は思わず頭を抱え込んでからはっとなった。
 いくら何でも苦悩を声に出すのはやり過ぎだ。
 ここには、一時間で数千円以上という高い金を出して、美女とのささやかで淡い一時を楽しみたいという人が集まっているのだ。
 笑い声は上げても、悲嘆の叫びなど決して漏らしてはいけないはずだ。
「大丈夫ですよ、鹿嶋さん」
 しかし、黒川の知人たちはあくまでも表情を変えず、雰囲気にすら感情の変化を滲ませなかった。
 そして、ワイングラスではなく、琥珀のような色合いをした中身が入ったティーカップを、鹿嶋の前に置いて言った。
「何とかなるって、私たちには分かります。彼女は間違いなく、大丈夫ですよ。さ、お酒ではありませんが、これでもお飲みになって下さい。爽やかな味わいで、私たちもこのところはまっているんですよ」
 女の子たちは、柔らかい笑顔で鹿嶋を促した。
 鹿嶋の妻とまったく同じ笑みだった。鹿嶋の妻とまったく変わらない所作であり、口調だった。
 そして、カップの中に注がれた液体も、妻が会社の仲間たちのためにと鹿嶋に持っていかせたものと、まったく同じ色合いをしていた。
「はあ……っ!!」
 そのことを認識した瞬間、鹿嶋は弾かれたように立ち上がり、店を飛び出していた。
 慌てもしない女性たちの声が追ってくるが、振り向く余裕もない。
 ぜいぜいと息を切らし、足を先に進ませる。周りの目など気にはならないほど、追い詰められていた。

 

-ノンジャンル


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