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ノンジャンル

寛容な妻 寛容な会社

   2016年8月26日  

 もっとも、言うべきことを言ってから黒川は、すぐに普段の雰囲気に戻り、二人は何も気にせず飲み会を楽しんだ。
 こうなると、高校を出てから二十年近くも途切れず付き合っているツーカーの仲だけあり、何を喋っても盛り上がるような安定感がある。
 結局、お開きになるまでに店を三度も変え、鹿嶋は黒川に、三万円もの飲み代を奢ってもらう形になった。
 と、ここまでであればいい感じの飲み会があっただけの話で終わるのだが、その後がまずかった。
 完全に前後不覚、超酩酊状態で家に戻った鹿嶋が目を覚ました時には、携帯の液晶は三日後の日付けを示していたのである。
 要するに、酔い潰れて二日間も眠ってしまっていたというわけだ。
「な、なんてこったっ!」
 当然鹿嶋は真っ青になり、妻の声にも耳を貸さず家を飛び出した。
 さらに悪いことに、日はかなり高くなっていた。時計を再確認せずとも遅刻は確定である。
 二日連続の無断欠勤、そして遅刻。
 常にのんべんだらりとやっていた鹿嶋の頭にも、さすがに「クビ」の二文字がよぎる。
 上司が家に来て、直々に言い渡されていてもおかしくなかったところだ。
 ともかく、失点を挽回せねばならないが、欠勤の理由がまず過ぎる。
 仮病を使っても血中アルコール濃度を調べられたら言い逃れはできないかも知れない。
「お、遅れてすみません……」
 考えがまとまらないまま、鹿嶋はオフィスの中に入ることになった。
 予想通り、室内は完全に仕事モードに入っており、鹿嶋の声が嫌でも目立つ状況である。
 部下から渡された書類の山に目を通し、決済判を押しているのが部屋の責任者である課長だ。
 派手な仕事はしないが、失敗の責任を負う立場だけに自他ともに厳しいというのが、もっぱらの評判である。
「うむ……」
 課長は、神経質そうな細面を鹿嶋の方に向けた。
 細く鋭い目が、弱々しい鹿嶋のメンタルを射抜くかのようである。
 課長は、じろじろと鹿嶋を見回したかと思うと、ひと呼吸置いてから、ぱっと表情を和らげ、満面の笑みを見せた。
「な……っ!?」
 それは、どやしつけられるのを恐れ、萎縮し切っていた鹿嶋が思わず声を上げてしまうほど、唐突で急激な変化だった。
 しかし課長は、表情を作っている風でもなく、心底からの安堵したような言葉を出してきた。
「いやあ、鹿嶋君。体調が戻ったんだな。良く来てくれた。君が休むということは、奥方が電話で伝えてきてくれていたので、何も心配することはないよ」
「はっ、はいっ、す、すみません。本来自分が連絡を入れるべきところで……」
「気にすることはない。人事課の黒川君と一緒だったのだろう。せっかくの先輩からの誘い、断るべきではないからね。しかし、黒川君も少々ハメを外し過ぎたようだな。機会があったら一言、私の方から言っておくよ」
 課長からの反応は、それで終わりだった。
 ただの一言も鹿嶋を責めるような要素はなく、遠回しな嫌味もないようだ。
 事の顛末を聞いているであろうオフィス内の社員たちにも、一切の動揺や不満は見られない。

 

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