幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ノンジャンル

寛容な妻 寛容な会社

   2016年8月26日  

「な、なな、何をっ!?」
「前俺が勤めていた会社の後輩たちだ。気立てとルックスに優れ、夜の仕事にも慣れている。ま、少しの間我慢してくれ。これもお前のためを思ってのことなんだ」
「ど、どういうことですかっ!?」
 ほとんど狼狽したような鹿嶋の声に、黒川はにやりと笑った。
「奥さんが夫の浮気に気付くのはどんな時だと思う? ドラマや漫画なんかじゃ定番だがよ、シャツに女性の香水の匂いが移っていたり、髪の毛が絡まっていたりって状況だよ。俺たちはこれから、そのシチュエーションを『創作』する。で、これ見よがしに洗濯に出す。『何か』があったことは誰でも気付く。さて、奥さんの反応はどうなるだろう? 素直に怒って責め立てるか、何らかの『目標』のためにぐっとこらえて見て見ぬフリをするか。……ついでと言っちゃなんだが、『小道具』も用意しておいた」
 黒川の言葉を受け、鹿嶋に絡みついていた女性たちが、ポケットから何かを取り出し、ぱらぱらと落としてみせた。
 次の瞬間、鹿嶋は目を大きく見開いた。
「せ、先輩、これっ!」
「察してくれたようだな。そう、これらのマッチやライター、ポケットティッシュ類は、この娘たちの友達が勤務するお店、平たく言って『夜の店』で、店名からもコンセプトは明らかだ。これを目にすれば、どんなに心の広い奥さんでも穏やかとはいかないだろう。もっとも、通常の愛情関係以上に、波風を立てたくない要素があれば話は別だろうがね」
 黒川はさらに、その店の名前が書き込まれた何枚かの領収書をテーブルに置いた。
 金額の欄は合計すると、鹿嶋の月収を明らかに上回る。
 ここまで来ると、小道具などという可愛いものではなく、まるで火薬庫だと鹿島は思った。
「た、確かに……。しかし、いくら何でも刺激が強過ぎますよ。彼女の潔白が証明されても、冷静に話し合うことができなければ」
「奥さんが本気でキレちまったら、即、俺の名前を出してくれ。『先輩の黒川が悪い冗談でやったんだ』とでも言えば、冷静にならずとも怒りの矛先は逸れるだろう」
「でも、それだと、先輩は本当にヤバいことになります。何しろ、彼女は単に俺の妻ってだけじゃない。差し入れや何かを通じて、社内の人とまんべんなく付き合いがあるんです。そもそも、結婚式の仲人は今の人事部長、先輩の直属の上司ですよ。下手すりゃ、人間関係は壊滅、会社に居続けられなくなっちゃいますよ」
「確かにそうだが、仕事は他の会社にだってある。それよりも俺は、お前さんが妙な状況に置かれていないかどうかを確かめときたいんだよ」
 黒川のきっぱりした言葉に、鹿嶋は目頭が熱くなっていくのを感じた。
 一方の黒川には、感動に浸ろうという気はないようで、手振りでウェイターに注文を入れた。
「ま、彼女の態度がどうであれ俺に必ず連絡を入れることだな。対策はあるんだ。……さあ、せっかく高い店に来たんだから、豪遊しようぜ、豪遊! 金は俺が出すから」
 いかにも慣れた様子の黒川の声を合図に、鹿嶋の両サイドについている女の子たちが待ってましたと歓声を上げる。
 どうやら、熱い夜はまだまだ終わらないらしい。

 

-ノンジャンル


コメントを残す

おすすめ作品