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寛容な妻 寛容な会社

   2016年8月26日  

 結局、鹿嶋が家に戻ったのは、日付が変わってからのことだった、ようだ。
 実際、正確な時間は覚えていない。
 いつにも増して泥酔した状態で帰宅し、そのまま倒れるように眠り込んでしまったからだ。
 どこで意識を失ったかも記憶にないが、柔らかい日差しに促されて目を覚ました時には、彼は寝室のベッドの中にいた。
 いつの間にかパジャマ姿になっていることに気付いた鹿嶋は、様々な感情が駆け巡るのを感じた。
 スーツで飲んで帰ってきたはずの自分がパジャマになっているということは、妻が着替えさせてくれたということだ。
 当然、シャツについた匂いや髪の毛、「小道具」の数々にも気付いたはずだ。
 今まで一度も経験がないことだけに、彼女がどんな反応を示すかもリアルには想像できない。
 泣き出すのか、あるいは口を利かなくなるほど機嫌を損ねてしまうのか。
 彼女のそうした姿を想像するだけで顔中から嫌な汗が噴き出てくる。
 冷静に考えても奇跡としか思えないような出会いを経ての結婚であり、今後絶対に巡り会えないと確信できるほど人間ができた妻なのである。
 先輩の疑念に従う形で仕掛けを打ってしまったが、もし彼女を失望させてしまい、離婚ということになったらどうすればいいのだろうか……。
「お目覚めですか、あなた。おはようございます」
 そんな迷いや葛藤を打ち切るように、妻が部屋に入ってきた。
 もうしっかりとエプロンを着込んで、完全に家事をする態勢に入っている。
 表情はと言うと、普段とまるで変わることなく和やかだ。
「おっ、おはよう……」
 朗らかな声にしどろもどろになって応じたのは、「後ろめたさ」がある鹿嶋の方だった。
 しかし彼女はと言うと、どこか滑稽な感じがする鹿嶋に柔らかく笑いかけ、他愛のない話を始めた。鹿嶋が持ってきた「小道具」に対する言及は一切ない。
(むむむう……)
 鹿嶋は、普段大して使わない集中力を総動員し、妻の動向を注視した。
 だが、瞬きを抑えるほどじっと目を凝らしても、彼女の表情にも仕草にも、まるで変化は見えず、そうこうしているうちに「朝食の準備がありますからね」と、寝室を出て行ってしまった。
「これは、一体……」
 どうとも言えない状況に、鹿嶋は首を傾げるしかなった。

 

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