幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ハートフル

モモヨ文具店 開店中<27> 〜モモヨ文具店と小鬼の話〜

   2016年8月26日  

うちの店、ネットでは万年筆を取り扱ってるんだけど、実店舗では扱ってないの。
それはわたしの父・栄治が「鬼が出るぞ」って言ってたからなんだけど……
いったい、この鬼ってなんなのかしら。
モモヨ文具店と小鬼を巡るちょっと不思議なお話。
『モモヨ文具店と小鬼の話』へどうぞいらっしゃい!

 

 
「うちの店、万年筆ってネット販売だけですよね。どうして実店舗で置かないんです?」
 と何気なく発言したのはネットで自分がチョイスした万年筆の注文具合を見ていた直くんだった。
 夏休みも佳境に入り、いよいよ残り二週間ほどになったある日のことだった。
「昔、ここにケースありましたよね、万年筆の」
 直くんが作業台のスペースをぐるっと手で囲んだ。
「あったねー。ガラスケースに赤い布ひいて並べてあってね、子供心に綺麗だなあって思ってた」
 ああ、それそれと直くんも頷く。直くんが小学生の時に見たのもそのショーケースだった。ビロードだったろうか、赤い布の上に置かれた黒や臙脂に光る万年筆の軸。古い福永文具店の明かりを受けて光る銀や金のペン先。これを持てたら大人の仲間入り出来るようで、どんなおもちゃよりも直くんの心を魅了した。それが今やない。
「やっぱり売れないですもんね、今、趣味の物だし」
 直くんが確信を込めて言うと、モモヨさんが、うーん? と首をひねった。
「そうじゃないっぽいんだよね。お父ちゃん生きてるあいだに撤収しちゃってるんだ」
 なんでだろ? とモモヨさんが言うが直くんも首をひねるばかりだった。
「それでモモヨさんも、店で置かないんですか?」
「そう。なんとなく受け継いじゃって。今から復活させてもいいんだ。在庫あるし。でもねえ……」
 なんです? と促すと、「お父ちゃんが妙なこと言ってたのよねえ」とモモヨさんがぽつっと呟いた。
「鬼が出るぞって。だから置いてないのよ。それにね、知ってるだろうけど万年筆が置いてある物置だけお札貼ってあるのよね」
 いっとき、モモヨ文具店の店内に嫌な沈黙が満ちた。外ではしゃわしゃわと蝉が鳴いていたが、すーっと消えていく。直くんの喉が、ごくっと鳴った。てっきりお札は家内安全とか商売繁盛とかそういう類のものだと思っていたのだ。それがまさか鬼とは……
「鬼……ですか」
「うん。どういう意味かは分からないんだけど、お札もあることだし。なにかあるってことじゃない? とにかくその一言があってからはやらないようにしてる」
 恐怖物が苦手な直くんは聞くんじゃなかったと思い、モモヨさんは「鬼ってなにかなぁ」とぶつぶつ言っている。店内を月世野の涼しい風がさあっと撫でていった。
「ね、ためしに数本置いてみようか。肝試しも兼ねて!」
「やめてくださいよ! そういうの本当に危ないんですから!」
 無邪気に訊ねるモモヨさんに直くんは手を振って断ってしまった。だよねえとモモヨさんは頷き、作業に没頭する。
 しばらくするとモモヨさんがお昼休憩を申し出て、話はそれっきりになった。

 

-ハートフル
-, , , , , ,


コメントを残す

おすすめ作品

モモヨ文具店 開店中<34> ~直くんの独立 前編~

傷が癒えてしまう前に

大切な人

モモヨ文具店 開店中<11> 〜モモヨさんと幽霊少女〜

モモヨ文具店 開店中<22> 〜のりフェス。それから十年後のあなたへ〜