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ノンジャンル

心地よく夜が更けていった

   2016年8月31日  

 
 幸一はどうしても大和が演奏活動を休止したのか、わからないままだった。
 待てば話すのかと思って一年待った。
 しかし大和からそのことに関しての話はなかった。

 大和が幸一の前で遊びの演奏をした、その日の業務終了後、二人は久しぶりに飲みに行くことになった。
 行きつけの焼鳥屋で酒を飲み、酔った大和に演奏活動休止の真相を迫った幸一。
 大和から語られた演奏活動休止の真相は、まったくマイナスの要素は含まれていなかった。
 

 

 
 大和がケースから取り出したトランペットは、音楽を専門としていない幸一が見てもわかるくらいによく手入れがされていた。
 キラキラと輝く金色のボディ。
 トランペットを大切そうに手に持つ大和。
 彼がトランペットに向けるまなざしは、とても温かい。
「その視線を女に向けれられればなぁ。」
 幸一の言うことはもっともなわけで、大和はまた苦笑した。
「女にこんな顔見せられるかよ。」
 ムードメーカーという看板を背負っているし、それに大和自身の性格がそれをどうしても許さないのだ。
 なんだかムズムズしてしまう。
 家族にさえこの表情を見せるのが恥かしいから、誰かの前でたとえ家族の前でもついおちゃらけるクセがついている。
 それが、どういうわけか幸一にはこの顔を見せてもいいと思えた。
 素の自分をさらけ出せる唯一の相手が、大和にとっては幸一なのだ。
「だからお前はいつまでたっても独り身なんだよ。」
「お前だって人のこと言えないだろ。」
 幸一は大和とは違ってとても人見知りで、いわゆる寡黙の部類に入る。
 厨房でもほとんどしゃべらない。
 というかしゃべれない。
 子どものころに少しトラウマがあるため、友達を作ることもだが人と話すこと自体が苦手な状態である。

 ──こいつはこの優しさを誰かに向ければ、少し違う世界が見えるのに。

 ──こいつは俺に話すようにほかのだれかと話せば、もっと楽しく毎日が送れるだろうに。

 お互いにそんな思いを抱いていながらも、やはりこの居心地のいい空間に二人とも気持ちよく浸ってしまう。

 ──だめだなぁ。俺たち。

 同じことを思い、二人とも顔を合わせて笑った。

 大和はトランペットを手に持ち、幸一はピアノの前の席に腰を落ち着かせた。
 トランペットを片手にピアノの前に立つ大和。
 そのうれしそうな表情に、普段笑わない幸一の口元がゆるむ。
「なんで復帰しないんだかな。」
 こんなにも楽器を愛しているのに、何を二の足を踏んでいるんだと。
 幸一はそう思い苦笑する。
「そんなに俺に復帰してほしいわけ?」
 冗談ぽく笑って問う大和。
「そうだな。」
 腕組みをして椅子の背もたれに体重を預け、フンと幸一は鼻を鳴らした。
「大和はそうやってラッパを持ってる方がしっくりくるからな。ラッパなしのお前は、ただの落ち着きにかけた大人だろ?」
 憎まれ口をたたく幸一に、大和はまた苦笑した。
「お前は素直じゃないねぇ~!」
 困った顔のまま笑って、幸一に一礼して。
 大和はトランペットを構えた。
 この時の大和は本当にいい顔をしていると、幸一は心底思う。
 腹いっぱいに空気を入れて、大和とトランペットが空気を介して一つになる。

 星に願いを

 大和の得意なジャズ。
 彼はいったいどんな願いを、この音色に乗せているのだろう。
 もったいない。
 幸一の思いはそれ一択なのだ。
 一年前の演奏活動休止を聞いたとき、正直耳を疑った。
 こんなにも音楽を愛してやまない男が、どうして立ち止まるのだろうか。
 疑問も抱いたが、どうしようもない怒りのようなものも感じた。
 なんでこんなにいきなり相談もなく立ち止まるのか、せめて自分には相談してほしかった。
 演奏活動休止の理由を語らないまま、大和が人前で吹かなくなって一年がたった。
 待っても待っても、理由は言ってもらえていない。
 まだ待てば、話してくれる日が来るのだろうか。
 それとも「どうしてしまったんだ」と声をかけられるのを待っているのだろうか。
 どうしていいのかわからない。
 幸一は自分にできることは何なのだろうかと、一年間ひっそりと悩み続けていたのだった。

 

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