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SF・ファンタジー・ホラー

ウパーディセーサ〈五十八〉

   2016年9月6日  

今まで一度も、誰にも見せなかった焦響の泣き顔がそこにあった。

 

 
「いいえ、すべてが現実です。あなたに絶望を埋め込む。そしてあなたをこの世でたった一人の人間にする。私の計画は、もう直ぐ完了する予定でした。しかし、邪魔が入った。それは松原が計画を無視して裏切ったことです。あなたは松原の勝手な行動を冷静に読み取り、松原の意図通りの行動に出た。それはあなたがここに乗り込んでくるという愚行です。そして今、あなたがここにいる。不本意ではありますが、あなたはここで死んでいただきます。私に殺されることに異議を申し立てることはできますか? あなたに?」
 水《かつみょう》は凄然とした声で言った。
 俺の心にその言葉は何の意味も成さなかった。
 宮守が死んだ。
 あの、宮守が、こんな容易く死ぬわけがない。そう何度も自分の脳に言い聞かせた。しかし、そんなまじないは通用しない。なぜなら今、俺の隣で宮守が死んでいるからだ。
「絶望はしっかりとあなたを打ちひしいだようですね。何事にも妥協は必要です。早速あなたには死んでいただきましょう。最後の絶望を与えるのはあなたの親友ですよ。川尻くん、宜しくお願いします」
 そういったと同時に、焦響が動き出した。
 さっきまで宮守を掴んでいた右手には、見覚えのあるサバイバルナイフが握られている。
 俺は、地面にくずれ落ちたまま、ただ、そのサバイバルナイフの切っ先を見つめていた。
 俺の知っている焦響より一回り大きい焦響。
 一体どんな鍛え方をしたのだろうか。おそらく特殊な筋肉増強剤が使われたのだろう。
 そして、なぜか俺は気がついていた。この焦響は俺の親友の川尻焦響だと。
 今までの焦響はほとんどがクローンだ。はじめに基地に侵入して、俺の首にナイフを当てた焦響と、遊園地で俺にとどめを刺そうとした焦響以外は。
 あのとき、焦響は俺に気がついていた。しかし、今はただの凶器と化している。おそらく筋肉増強剤の副作用か、それとも何らかの薬物によるせん妄状態に陥っているのだろう。
 ふと体が宙に浮いた。
 焦響が俺の胸ぐらを掴んで片手で持ち上げた。
 そしてサバイバルナイフを掴んだ右手で俺のみぞおちあたりに拳を押し込んだ。
 声も出なかった。息をすることで精一杯だ。
 断続的に焦響の拳が腹部にめり込む。
 意識が遠のく。
 あの優しい焦響の無邪気な笑顔が、夕陽に染まる観覧車とともに瞼の裏に映し出される。映写機の映像のように、時々ノイズが走る。その映像が白黒か、カラーなのかすらわからない。
 全身に鈍痛が走った。
 どうやら床に叩きつけられたようだ。
 何かに取り憑かれたかのような、尋常ではない表情を見せる焦響の顔が、なぜだか惨めに見えた。
 左から、右から、焦響の拳が振り子のように頬にぶつかる。
 もう、痛みなんてなかった。
 心の痛みもなかった。
 無痛。
 俺はいつの間にか、思考能力のある物質と化していた。
 死ぬことも、怖くはない。
 これが夢だと伝えられたとしても、喜びも、悲しみも、何も生まれないだろう。
 俺は一体、いつこんなことを考え始めて、考え始めてどのくらいの時間が経っているのだろう。
 そして、いつ、すべてが終わるのだろう。

(眇寨くん、待ってて。すぐに迎えに行くから)
 ほっとするような、声を聞いただけで泣き出してしまうような、優しい声がどこからか聞こえて来る。

「そうか、俺はやっと三月に会えるんだね。早く迎えに来てくれ。俺はもう……」

(そうじゃないわ。諦めないで。生きようとして。守るべきものを守り抜き、守る者が寄りかかるべき存在になる。それがウパーディセーサよ)

「そ、う…だな……」

 

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