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ショート・ショート

待ち人、遅し。

   

 大好きなメロンソーダを飲みながら、私はあなたを待っている。

 

 ビールジョッキが、冷や汗をかいていた。それの中には、ビールではなくメロンソーダが注がれている。ビールジョッキが乗っている紙製のコースターは10分ほど前から冷や汗のおかげでびちょびちょに濡れていて、本来の役割はすでに失っていた。やる気のないコースターは、重たいビールジョッキに押し潰されて泣いている。ビールジョッキも、名前の通りに本来注がれるはずのビールではなく、冷たいメロンソーダがジョッキに注がれていることを不幸に思い、泣いていた。そして私までも、『いつもの喫茶店』で9時に待ち合わせをしていた彼がなかなか来なくて、泣きそうになっている。
 私はストローに口をつけ、夢中になってメロンソーダを吸った。氷が融けたせいで、メロンソーダは薄味になっていた。私は渋面をつくった。
 腕時計を見ると、9時30分を回っていた。彼は余裕の遅刻だ。しかし私は怒らない。さっきまで甘かったメロンソーダのように、私は彼に対しては甘いのだ。
 喫茶店の客は、私と本を読む青年だけであった。私はその青年の存在が、少しばかり気になった。
 伝票とショルダーバッグを持ち、私は席を立った。そして本を読む青年のもとへ歩き出す。……暇だったのだ。
 冷や汗まみれの薄味メロンソーダは、ぽつんとおいてきぼりにされてしまった。
 私は、青年が座っている席へ向かおうとする。なのに、こういう時に限って……。
 ――カランカラーン
 ……なんて、古臭い音を大胆に立ててから、彼は登場した。こめかみには汗が流れていて、彼の輪郭を伝っていった汗が、薄汚れた床に1滴落ちた。
 「…ごめん!!!」
 息を吸った後に発声したために、思わず大声になってしまったようだ。
 本を読んでいた青年は顔を上げた。青年は冷たい瞳で、私たちを見ていた。表情が、死んでいた。
 私は青年の方へと向いていた身体を、喫茶店の扉のほうへ無理矢理向けた。
 「遅いよー!!」
 私は彼に駆け寄る。
 「悪いな…寝坊したんだ。飲物代、出すよ」
 彼は私が握っていた伝票を奪い、レジへ行って勝手に会計を済ませてしまった。
 私達は外へ出た。喫茶店の中の様子が窺える窓ガラスから、青年がまる見えだった。青年が読んでいた本は、『芸人になるには』だった。思わず噴き出してしまった私に、彼は「どうしたの?」なんて聞いてくる。私は「なんでもなーい」と、寒空に吐き捨て、彼との時間に没頭することにした。

 

≪おわり≫

 

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