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ラブストーリー

思い出の木の下で

   

沙織は約一ヶ月前から僕の見舞いを拒み続けた。僕の心は不安な気持ちでいっぱいだった。

 

僕は沙織の見舞いのために今日も病院へと足を運んだ。今までどんなに辛い状態の時でも、僕の顔を見ると笑顔を見せていた沙織が、僕の見舞いを拒み続けてから約一ヶ月が過ぎようとしていた。
「ごめんなさいね。折角来てもらったのに、沙織はどうしてもあなたに会いたくないと言っているの……」
 沙織の母が申し訳なさそうに僕に対して頭を下げる。
「おばさん、どうして急に沙織は僕に会いたくないと言い出したんですか? もしかして僕が沙織を傷つけるようなことを言ってしまったんですかね……」
 僕の心は自分が知らず知らずのうちに沙織を傷つけているのではないかという不安な気持ちで押しつぶされそうだった。
「沙織はここ数日、一睡もできないほど悩んで、悩み続けてこの答えを出したと思うの。だから今は、あの子の言うとおりにしてあげて……」
 沙織の母のその真剣な表情から、僕は沙織が今までとは何か違う状況に身を置かれているという事を悟った。
「分かりました。沙織がそういうなら僕はもうここへは来ません。でも、沙織を思う気持ちはずっと変わらないと沙織に伝えておいて下さい。それじゃ……」僕は肩を落としながら沙織の入院する病院をあとにした。
 病院を出た後、午後からの講義を受けるために大学へと向かう電車の窓から、秋空にぽっかりと浮かんだひつじ雲を見ながら沙織のことを考えていた。
 沙織と出会ったのもちょうど今のように過ごしやすい時期だった。身体の弱かった沙織はいつも大学のイチョウの木の下にあるベンチに腰を掛け、お気に入りの常緑樹のように深い緑のひざ掛けをして読書をしていた。僕はそんな沙織の姿を見るのが好きだった。
 同じゼミを取っていたけど話をしたことはなかったが、僕の方から声をかけ、他愛もない話をしているうちに二人の距離はだんだんと近づき、やがて恋に落ちていった。
 しかし、沙織と仲良くなって数ヶ月もしないうちに沙織の体調が悪くなり、それからはずっと入院生活を余儀なくされていた。僕は毎日沙織の顔を見るために大学へ行く前には必ず沙織の顔を見るために病院へと足を運んでいた。そして沙織もそのことを毎日楽しみにしていたのに……。
 僕は沙織が急に僕を拒み始めたのか、ここ数日そのことで頭がいっぱいだった。
『沙織の口から直接別れの理由を聞かないと僕はどうにかなってしまいそうだ。やっぱりこのままではいけない……』

 僕は次の駅で電車を降りると沙織が入院する病院へと急いで戻った。

 僕は沙織の母が毎日16時には一旦帰宅するのを知っていたので、その時間に沙織の病室へと向かうことにした。
 病院の入り口近くのベンチに座り、新聞を読む振りをしながら沙織の母が病院から出てゆくのを見届けると、僕は沙織の個室へと向かった。

 トントン……

「お母さん。忘れ物でもしたの?」沙織が病室の中から話しかけた。
 沙織が病室の中にいることを確認すると、ゆっくりドアを開け、中に入る。笑顔で沙織に声を掛けるつもりだった。二人が好きあって、お互いを笑顔で見つめあったあの時のように……。でも、僕は目の前にいる沙織の姿に言葉を失っていた。
「沙織、お前、沙織だよな……」
「真悟……どうして……」
 そこには一週間前の沙織とは違う沙織が存在していた……。
「見ないで!」
そういうと沙織は頭から布団をかぶり顔を隠した。
 呆然と病室の扉の近くで立ち尽くす僕の後ろから、僕を呼びかける声がする。
「真悟君、沙織に会ってしまったのね……」
 僕の後ろで沙織の母の声がした。
「おばさん、僕知らなかったんです。沙織がこんな……」
「もう出て行ってよ!」布団を頭から被り、沙織が泣き声で叫んだ。
 僕は沙織の母と一緒に病室を出た。そして沙織の母は僕に今までのいきさつを話してくれた。
 沙織は普通の人の何十倍ものスピードで老化が進む難病に冒されていること、そしてそのことを僕が知ったら、きっと自分から心が離れていってしまうと思っていること、そして何よりも僕に哀れみの目で見られるのが怖いということを沙織の母から聞かされた。
「そうだったんですか……。でも沙織が僕のことを嫌っているのではなくて少しホッとした気分です」僕は沙織の母に今の気持ちを正直に打ち明けた。
「沙織と少し話をさせてもらってもいいですか?」
 僕がそう言うと沙織の母は沙織の元へと向かい、沙織をしばらくの間説得した。

 

-ラブストーリー


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