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ショート・ショート

初めてのコトバ

   

仕事ばかりの毎日に大輔は心身ともに疲れていた。

 

 今日も残業に終われる一日だった。このところ会社の経営状態が悪化したこともあり会社の人員は減らされる一方だ。その分の負担が現在会社に残されている。ひとりひとりに重くのしかかっている。
 度重なる重労働に、大輔は終電の電車の中で疲れきった身体を座席にもたれさせ、ぐったりとしながら考えていた。
「俺の人生ってこんなもんなんだろうか。毎日毎日遅くまで仕事してもその分の給料はちゃんと支払われないし、毎日同じことの繰り返し……。もうかれこれ二ヶ月は休みも取れていないし、仮に休みが取れたとしても何かをしようという気力もないか……」
 電車の窓から外を見ると、周りの家はすでに電気が消されそれぞれの家に飾られたクリスマスのライトアップだけが、暗い闇の中で輝いていた。
 大輔にも家族があった。自分から望んで家庭を持ったわけではない。
 正直な気持ち、子供もあまり好きではないし、妻の優子が妊娠したことをきっかけにして結婚した、いわゆるできちゃった結婚だった。
「あいつらさえいなければ、俺は自分のことだけ考えて生きていけるのに……。結婚は人生の墓場だとよく言うけどこういうことなのかな」

 電車の窓に映る自分の疲れた顔を見ながら、大輔はふとそんな事を考えていた。
 いつものようにいつもの駅で降り、すでに周りの家の電気が消えた暗い道を、大輔はフラフラとしながら歩いていた。
 家に辿り着くと、優子が優しい笑顔で疲れた大輔を迎え入れた。
「あなた、お帰りなさい。いつもお仕事ご苦労様」
 優子の優しい言葉も今の大輔にとっては全く耳に入らなかった。
「あなた、裕輔のことで少し話があるんだけど……」
 優子は不安な表情を浮かべながら大輔に話しかけた。
「明日にしてくれよ。俺は仕事で疲れてるんだ。裕輔のことはお前に任せておいたはずだろ。俺はもう寝るよ」
 そう言うと大輔は寝室へと向かっていった。
 翌日、またいつもと変わらない朝がやってきた。大輔はいつものように不機嫌な顔をしながら寝室から出てくると、テーブルには優子が昨日見せたと同じく、不安な表情を浮かべながらポツンと座っていた。
「あなた、裕輔の事なんだけど……」
「うるさいなあ。俺は今から仕事に行かなきゃ行けないんだよ。裕輔のことはお前に任せるって言っただろ!」
 大輔は優子の話を聞くだけでも鬱陶しく思っていた。   不機嫌な顔のまま着替えを済ませ、会社に行こうとした時、優子が大輔に話しかけた。
「あなた聞いてちょうだい……」
 大輔は優子の話を聞こうともせず玄関を開け会社へと出かけていった。
 それからの大輔は家に帰る回数が徐々に減っていった。仕事が忙しいせいもあったが家に帰ってから疲れきった身体で優子の話を聞きたくないという本音があったからだ。
 優子は大輔が自宅に帰らないことを心配し、会社にまで電話を掛けてくるようになった。
「おーい山本。二番に奥さんから電話だ」
 大輔の上司が大輔に電話を回した。
「もしもし、大輔。あのね……」
「いい加減にしろよ。会社にまで電話を掛けてくることないだろう。仕事の邪魔するなよ。もう二度と会社に電話かけてくるんじゃないぞ!」
 そういうと大輔は優子の話も聞かずに受話器を置いた。
 その電話をきっかけに全く自宅に帰らなくなってから二週間が過ぎようとしていたある日、大輔は会社に自分の両親が尋ねてきたこと事で、初めて裕輔がとても重い病気にかかりすでに命が危ない状況に陥っていることを知った。
 大輔はそのことを知らされた時でもまるで他人事のように思っていた。
「とにかく、早く病院へ行ってやるんだ。優子ちゃんも、もうずっと裕輔に付きっきりで看病しているんだから」
 両親に説得され大輔はしぶしぶ病院へと向かった。
 病室に到着すると、大きなベッドに寝ているとても小さな裕輔の姿があった。裕輔はその小さな身体に色々な器具をつけられて静かに眠っていた。
「あなた……」
 優子は大輔の顔を見ると安堵の気持ちからか涙が止まらなかった。
 大輔にはこの場においてもまだ、小さい子供が重い病気にかかって可哀想だというぐらいの感覚しかなかった。

 

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