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狼狽

   

 大和の中に一つの選択肢が浮かんで温めているころ。
 季節は冬に入っていた。
 寒がりな男性スタッフたちがロッカールームで遊んでいて、それを和彩が怒鳴りながらせかすという毎年恒例の光景が見られるようになっていた。

 その日のディナータイム。
 一人の女性が来店した。
 その女性の来店で、最近落ち着いていた諒が、明らかに狼狽してしまい、食器を割った。
 工藤から泣きつかれたことを思い出し、これは何かあるとマスターは感じずにはいられなかった。

 

 
 思うことはたくさんある。
 しかし今は決断を急ぐと必ず後悔する。
 大和は新たに浮かんだ選択肢を、取り合えず自分の中で温めることにしたのだった。

 それからゆっくりと時間が流れ、クリスマスが視野に入り始める時期になってきた。
 寒さは演奏者の敵である。
 身体がこわばると、全身に無駄な力が入る。
 指先が冷えると、思い通りに演奏ができない。
 自然と厚着になって、所持するホッカイロの数が増えていく。
 それが演奏者というものなのかもしれない。
 風が完全に体温を奪う冷たさになって、ホールスタッフたちは全員雪ダルマ状態で出勤しだした。
 一番標準に近いのは大和だろうか。
 それでも一般人よりも一枚多く布を身にまとっている。
「さんむーいっ!」
 鼻の頭を赤くして、スタッフルームに入ってきた大和。
 時間に余裕があっても、やはり大和が一番最後の出勤となっている。
 ロッカールームにはまるで真冬の格好の心治と、普段の細身の姿かたちがわからないほど着込んだ諒がいる。
「二人とも着込みすぎでしょ。」
 二人の格好を見ると、自分は常識の範囲以内の格好をしていると大和は内心ほっとした。
「これくらい着てちょうどいいくらいだ。」
 両手にミニカイロを握ったままの心治。
 寒いと機嫌が悪くなるため、若干面倒くさい。
「二人とも薄着過ぎませんか?風邪ひきますよ!」
 諒はどこをどうしても諒だった。
「寒いとトイレ近くなっちゃうよねー!」
 トイレから帰ってきた、まだ私服のままの飛由がロッカールームに入室してきた。
「お前も大概厚着だよな。」
 唯一楽器を持たないスタッフである飛由だが、恰好だけは諒と並ぶくらいの厚着である。
「寒いとおなか壊しちゃうんだもん。腹巻二枚つけちゃった。」
 年相応の外見の男が言ったらただひたすらに気持ち悪いが、声も外見も中性の飛由が言うとなぜだか許せてしまう。
「寒くなるのはこっからだぜ?真冬はどうやって乗り切るんだよ。」
 コートをロッカーのハンガーにかけつつ、あきれ声で大和が問う。
「ヒートなんとかってあったかいのを装備するの!あれあったかいんだからね!侮っちゃダメなんだよ!」
 なぜかむきになる飛由。
「それなら俺も着るぞ!一枚で、うそみたいにあったかくなるな!」
 真冬の強い味方である。
 つい毎年新しいものを買ってしまうんだという話をしようとした矢先、飛由が目を輝かせて大和ににじり寄ってきた。
「何枚きますか?」
「あれか?」
 あまりにもまっすぐにきらきらと目を輝かせる飛由に、大和の方が圧倒されてしまっている。
 ウっと息をのみながら笑顔をひきつらせた。
「…い、一枚。だろ?ふつう。」
「一枚じゃ凍傷になりますよ。」
 飛由の眼は、いわゆる“マジ”である。

 ──え、ちょっと誰か助けて。

 飛由からそろりと視線を外して、ロッカールーム内に助けの視線を送る。
 心治は無関心の他人事だし、諒はこういう時の空気を読む能力を持ち合わせていない。

 ──だめだ、助からん。

 大和がそっと察した瞬間だった。
「真冬はあったかいあれ、2枚重ね着しないんですか?」
 空気を読まないはずの諒が、話に乗っかってきた。
「するよね、するよね!」
 味方の出現に、飛由の表情が一気に晴れて大和から諒のもとに歩いて行った。
 あったかインナー二枚重ねの話で、二人とも女子並みに大いに盛り上がり始めた。

 ──なんなんだあれ…。

 若干ほっとしつつも、二人の様子を大和は無言で見守る。
「命拾いしたな。」
 助け舟など出さない心治。
 半分にやけながら、大和をからかう。
「まったくだ。…その前に助けてくださいよ。」
 大和が一応敬語を使ってみるが、後輩感が全くでない。
「かわいい後輩なら、助けなくもないんだけどな。」
「かわいげがなくて悪かったですね。」
「かわいくないんじゃなくて、いじられてるのを見てるのが絵になるから助ける必要がないんだよ。お前の場合。」
「性格わっる!」
「自覚済みだが?」
 悪態のつきあいだって、悪意がないからただの言葉遊びのじゃれ合いなのだ。
 二人は目を合わせると、ぷっと笑いを噴き出した。
 いつもと同じ男子ロッカールーム。
「無駄話してないでさっさと着替えなさい!」
 そこに響いてきた和彩の怒声に、みんな肩をすくめた。
「急げ急げ。」
「仕事でこき使われるぞ。」
 今までのにぎやかさがうそのように静まりかえって、小声でやり取りしつつ笑いながら身支度を済ませる男性陣。
 ロッカールームの前で、着替えを済ませて腕組みをして鼻息を荒くする和彩。
「冬になると部屋から出てこないし、準備も遅いし!毎日怒られてんだから、ちょっとは学習しなさい!」
 と、冬になるとおなじみのお小言を男子ロッカールームの面々に聞こえるようのぶつける。

 ──全く、これだから男は!

 女性一人のホールスタッフ内で、やはり一番強いのは女性の和彩なのかもしれない。

 

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