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エリカの花言葉 第1話 エリカ《孤独》 2

   2016年9月14日  

 隣町から菖蒲町に引っ越して来た河村洋平は、堀北中学校に入学すると、北海道から引っ越して来たという嶋岡弘行と出会う。
 心臓に病を持ち、体の弱い洋平に対して、弘行は歳よりも大人びて見える少し不良気質の少年だが、入学して地元の友人などがいない二人は会話をするようになる。
 すると、中学校への入学を期に福岡から引っ越して来た杉浦恵里香も、洋平と席が隣同士であることから二人の仲へ混ざると、三人は仲の良い友達同士へと発展した。
 杉浦恵里香は、小学五年生まで人気子役としてテレビに出ていたが、家庭の事情で引退して菖蒲町に引っ越して来た。
 その人物が堀北中学校へ入学してきたことが公になると学校中が騒ぎ出すのだが、引退したことに深い訳がある恵里香には、子役時代の話を持ち出されることが大きな悩みであった。

 

 入学式が終わり、夕方になると洋平は銭湯へ出掛けた。家風呂が無く、引っ越してからの入浴は銭湯通い。
 銭湯と言えば風呂桶に石鹸箱を入れてカタカタと音を立てながら歩くイメージだが、洋平はA4サイズのノートが入るほどの大きさである紺色の手提げ鞄に、シャンプー、石鹸、手ぬぐいを入れると、母と共用の自転車に跨り、塾通いでも装うように銭湯へ向かう。 
 この御時世に家風呂が無いなんて友達に知られたくないと思うが、今日の入学式では誰とも会話をしていないから、きっと級友と会っても気が付かないだろうとも考える。
 銭湯に着くと番台で小銭を払い風呂場に向かう。家風呂が無いことに恥じらいがあっても、この場所が嫌いなわけではない。湯気の匂いを嗅ぐと心が安らぎ、嫌なことを忘れられる。壁側の洗い場に腰を駆けて髪を洗っていると、洗面鏡に映る嶋岡弘行の姿が見えた。
 ハッとして後ろを向くと、風呂道具を持ってキョロキョロとしている弘行と目が合う。
「あ、おまえは確か……」弘行は洋平に気が付く。
「あ、やぁ、君は……」ここまでの道で会うならまだしも、何故、風呂場で級友に会うのだろうと思い、洋平は戸惑った。しかも隣の場所が空いていると、弘行は人見知りすることなく隣に座り、シャワーからお湯を出してジャブジャブと顔を洗い出す。
「おまえの家、風呂無いのか」
「いや、今、壊れていて」弘行が問い掛けると、洋平は小さな嘘をつく。
 少しの間、二人は会話もせずに髪を洗っているが、鏡に映る二人の目が合うと、弘行が問い掛けた。
「おまえ、今日、俺を見て笑っただろ」
『やっぱり気にしていたんだ』と思う洋平は、隣に座る同級生に恐れを感じると、頭の中が混乱して渦を巻く。
「いや、違うんだ、スリッパが……」
「スリッパがどうした」
「上履きじゃなかったから」
「忘れたのが可笑しかったのか」
「違う、鞄……」
「鞄が何だ」
「他に何を入れてきたんだろうって」
 鞄の中が空だったことを見透かされていたのが恥ずかしくなる弘行は、まるで長い時間、湯船の中に浸かっていたように真っ赤な顔をしながら、「うるせぇな!俺の鞄にはこれからの夢と希望が詰まっていて、上履きなんか入らなかったんだよ!」と大声を出した。
 自分が考えていたことと全く同じことを言うものだから、洋平は先程までの緊張が一気にとけて、可笑しくなると笑い声が風呂場に響いた。
「何だよ!何が可笑しいんだ!」
「いや、ごめん。朝、僕も学校で同じことを考えていたから」
 弘行は不貞腐れたように立ち上がり湯船へ歩くと、洋平もその後に続く。熱い湯船に入れない洋平は、足だけを温めるようにしながら湯船の淵に腰を掛けた。
「おまえ、小学校もこの辺だったのか?」
「ううん、隣町から引っ越してきたんだ。君は?」
「俺は、親父の仕事で北海道から引っ越してきた」
 弘行はボーッと壁絵を眺める洋平の姿から、胸に付いた傷跡を見つける。
「なぁ、胸の傷、どうしたんだ?」
「四年生の時に心臓の手術をしたんだ」
 問い掛けた質問に答えられても、返す言葉に困った弘行は、誤魔化すように湯の中に潜り込む。潜り込んだ後の水面にはブクブクと空気の泡が浮かび、それを見た洋平は意味の無い可笑しさが込み上げてケラケラと笑い出す。三十秒ほどして弘行が水面から顔を出すと、ニコニコと笑う洋平と目が合った。
「羨ましいな、僕は潜ったりとかできないから」
「そんなに悪いのか?」
「何が良いか悪いかは分からないけど、運動や泳ぐのは駄目だって言われているから」

 

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