幻創文芸文庫 (β)

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ショート・ショート

ベランダから

   

いつもと変わらないベランダからの朝の風景。いつもと違うのは……。

 

 今朝も二階のベランダで洗濯物を干しながら、慌しい民族大移動を眺めていた。
 物騒な世の中になった昨今、集団登校たる手段をとり、子供達を危険から守らなければならないと躍起になっている大人達が、休日のドライブよりアクセルを2割り増しで踏み込み、黄色信号は青信号と同義でしょ?と言いたげな様子で車を走らせている。今日もいつもと代わり映えのしない朝の風景。いつもと違うことは、私の目の前で車と自転車の衝突事故が起きたことだ。
 車に乗っていたのは、50歳前後のひょろっとした、いかにも気の弱そうな男性だ。自転車の男性は30代後半。格好は若いが、若者とは違うどこか落ち着いた雰囲気が漂っている。ぶつけられた相手にすごい剣幕で怒鳴り散らしていた。大人の事故はお互い様だというのに、何故そんなにも大きな態度でいられるのか理解ができない。車の男性は何度も頭を下げていた。
 お互い携帯電話を取り出し、どこかへと電話をしている。恐らく車の男性は警察や保険会社に、そして自転車の男性は会社や知人に「いやー参ったよ。事故に遭っちゃってさ……」とでも言っているのだろう。その顔には笑みがこぼれている。大した怪我ではないようだ。それにしてもこの自転車の男性は何故笑っているのだろう。怪我もしていないのにここが痛い、あそこが痛いと言いながら、医者から診断書をもらい、自宅で療養し、その間の給料を相手の保険から捻出してもらおうとでも思っているのだろうか。とにかく、先程から電話の相手に向かってニコニコした表情で話しているこの自転車の男性にとって、今回の事故は「おいしい出来事」であることは間違いなさそうだ。し離れたこの二階のベランダからでも、汚い大人の部分がひしひしと伝わってくる。
 事故の様子を見ながら集団登校をする小学生達。汚い大人の時間と、純粋な子供の時間が道ひとつ隔てて流れている。こういう大人だけにはなってくれるなよと思う私も、実際汚い大人なのだけれど。それにしても、男は何故、家族に電話を掛けないのだろうか。きっと見舞金を自分の懐にしまおうとでも考えているに違いない。さてさて、事故に遭った旦那の様子を見に行きますか。ここで出て行かないと、ホントに懐へとしまいかねないし。見舞金はいったいいくら貰えるのかしら……。

≪おわり≫

 

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