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ショート・ショート

新入社員

   

先月、うちの部署に新しい人員が配属された。彼は若手にも関わらず、とても有能な奴だ。

 

 先月、うちの部署へ配属された新人君。彼はこれまでも何度か転職を繰り返しているそうだが、決して後ろ向きな理由での転職ではないようだ。そのことは彼の仕事振りを見ればよくわかる。
 驚かされるのは彼自身が身につけている様々な能力と、その質の高さである。
 最初に私を仰天させたのは、彼の記憶力の凄さだ。取引先に彼を同行させた際、彼は相手の名前と顔を一度で覚えた。彼に言わせると「第一印象を頭に焼き付けるのがコツですよ。カメラで写真を撮るように」だそうだ。相手の事を瞬時に記憶する能力は、営業マンにとって強力な武器になる。
 それだけではない。彼のコミュニケーション能力の高さには感心する。例えばこうだ。私の声は雑踏の中ではよく掻き消され、相手に伝わらないことが多いが、彼は違った。彼の声は賑やかな繁華街の中でもハッキリと聞きとれる。また、耳もよいのだろうか、普段ならば何度も聞き返されるハッキリしない私の声を、キチンと拾い上げてくれる。実に気持ちのよい奴だ。
 それだけ能力が高いと普通は慢心して態度が大きくなるのだが、彼は全くそんな素振りを見せない。昼食時の混雑したファミレスの中で財布を捜すのに手間取り、私の後ろに行列ができた時も、彼はさっと支払いを済ませてくれた。あとでその分のお金とお礼の缶コーヒーを渡した時でも、「お気遣いなく」と輝く歯を見せながらニコリと笑った。
仕事ができる奴というのは、相手を飽きさせない。私はどちらかというと、仕事人間で、遊びというものをあまり知らず面白味のない男だが、彼は違った。得意先での長い待ち時間も彼が一緒にいるとあっという間に過ぎてしまう。
 仕事も遊びも上手にこなすことができる彼は実に魅力的だ。
 何をやらせてもうまく立ち回る彼が、どうして何度も転職を繰り返すのか、私は不思議に思い彼に尋ねたことがある。すると彼はさらりとこう答えた。
「ステップアップの為ですかね。やっぱり新しいっていうのは気持ちいいですよ。ずっと同じだといつかは飽きてきますし、何らかの支障が出てきますからね。新しい環境だと、また頑張ろうっていう気持ちになれるでしょ」
 
 仕事も遊びも上手くこなす彼にも欠点はあった。圏外になると全く喋らず、私の話を聞き取ることもできない。ましてや電池が切れるとその素晴らしい能力も全く発揮できないのだ。私は彼をそっと充電器に置いた。

≪おわり≫

 

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