幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

SF・ファンタジー・ホラー

ウパーディセーサ〈五十九〉最終話

   

俺は知らなかった。三月が死んだこと。
俺は忘れていた。三月の存在を。
知らない方がいいこともある。
でも知ってよかったこともある。
だから……。

 

 
 焦響は幸せそうな表情で、永遠の眠りについた。
 その顔は、俺が知っている〝焦響〟だった。
「眇寨くん……」
 鏡が目に涙をいっぱいに溜め込んで駆け寄ってきた。俺にどう言葉をかけて良いのか迷っているのか、血の滴る右手を優しく握った。
「鏡……俺は間違っているのかな? 俺は焦響を殺すために、三月を殺すために、敦さんを見殺しにするために生まれてきたのかな……?」
「ううん。違うよ。眇寨くんは、約束を守るために生まれてきたんだよ。たくさんのいろんな約束。平山さんと眇寨くんとの絆を大切にすること。敦さんの目指した、私たちが目指した世界を手に入れること。松原さんが言い残した、私を守るってこと。そして、私との約束。遊園地に行こうって……約束を守るために眇寨くんは生まれてきた。そして、今眇寨くんは約束を守ろうとしている。焦響くんとの約束も。だから……」
「だから、俺は間違っていない」
「うん。間違っていないよ」
「自分を信じる……三月とも約束した。だから、俺はもう迷わない。もう、自分を責めない」
 俺は力強く水《かつみょう》の方に振り返り、そして言った。
「もう、全部わかったよ。水、あんたはすでに死んでいる。そうだろ? あんたの声はすべて拡声器によって、この部屋の四隅に仕掛けられた小型スピーカーから流れている。その声の正体は、君なんだよね?」
 甲高い女の笑い声が部屋じゅうに響いた。拡声器の変声機能を解除したのだろう。憂いと狂気を含んだその笑い声は、相反する泣き声にも聞こえる。
「いつから気づいてたんだ? パパがただのミイラだって」
 水が座っている玉座の背もたれから姿を現した三月、いや、鏡に瓜二つの女は、鋭い目をこちらに向け、三日月のように湾曲した薄い唇を開いた。
「ここにたどり着くまでの間に、俺は君を見なかった。刺客たちは皆、姿を現したのに、君が現れることなく元帥が先に現れた。それに、その声。明らかに異常だ。部屋の四隅から声が響いてくるなんて、人間の声帯では不可能だ。すぐに気がついたよ」
「ハッハッハ。そうか、そうか。さすがは眇寨くんだ。小さな頃は勉強のできないおバカさんだったのに、今では頭脳明晰の探偵さんだねぇ。でも、涼しい顔ができるのも今日でおしまいだ」
 女は俺にトカレフを向けた。
 壇上に立つ女はその小さな体を必死に大きく見せようとしている。しかし、俺にはその女の姿が哀れに見えた。
「君は俺に何の恨みがあるんだ?」
「はぁ? 何言ってんだ! この後に及んでシラを切るつもりかよ。お前が私を殺したからに決まってんだろ!」
 女はトカレフを強く握り、発砲した。
 その弾は、俺の肩を貫いた。
「眇寨くん!」
「鏡、俺は大丈夫。危ないから下がってて」
「嫌っ、私、そばにいる。眇寨くんのそばにいるっ」
 鏡は俺の腕をきつく抱きしめた。
「わかった。そばにいてくれ。ずっと離れないで、すべてを見ててくれ」
 不思議と痛みはなかった。鏡が抱きしめてくれているせいか、力が湧き、意識がはっきりとしている。
「君に会うのはこれで三度目だね。君が基地に侵入し、プログラムを書き換えたときと、弘平くんがみんなに薬を盛って眠らせたときと」
「何言ってんだ! 私はその前から何度もお前と……」
「君は三月ではない。君の記憶は、すべて植え付けられた偽物だ。三月は確かに死んだ。俺の腕の中で、小さな命が散った。そして、今でも三月は俺を守ってくれている。自分で殺しておいて、勝手な思い込みと思うかもしれない。でも、俺は何度も三月に助けられている。それに、三月はこんなことしない。三月は人を恨んだりする娘じゃないんだ。君は幻想を見続けてきた。いや、見続けさせられていた。そこでしおれている水に。現に、君の体に、僕がつけたであろう傷はないはずだ!」
「クックック。何を寝ぼけたことを言っている。なら見せてやろう。お前に傷つけられた、私の身体を」
 そう言って、女は纏っていた黒い羽織を脱ぎ捨てた。
 その傷一つない、艶やかな裸体を露わにした。

 

-SF・ファンタジー・ホラー
-, , , , ,


コメントを残す

おすすめ作品