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歴史・時代

大正恋夢譚 〜彼岸花〜 <中>

   

(だが、じきに……おまえに会えるな)
死後にも世界があるなどとは思わない。
だが、ひとこと謝るくらいならできるだろう。
わたしは輝彦を想い、次いで、リヒトを想った。

小説版『東京探偵小町』外伝
―逸見晃彦/逸見晃彦―

Illustration:Dite

 

「俺さあ、将来は新聞記者になろうかな」
「新聞記者? おまえ、医者になるんじゃなかったのか」
「医者になりたいなんて、俺、いっぺんも言ったことないぜ。本当は、兄さんみたいな軍医がいいなって思ってたんだけど……病気したことがあると、検査に合格できないんだろ?」
「それはこれからの鍛えかた次第だが……まあ、たしかにおまえのような甘えん坊のもやしっ子では、難しいかもしれんな」
「そう言うと思った。だからさ、俺、青慧を出たら新聞社に入って、タジさんみたいに記者になってやろうかと思って。そして兄さんがいくさに行ったら、俺もついて行くんだ。えっと、ほら、従軍記者っていうやつ」
「何を言っている」
「なんだよ、いい考えだろ?」
「おまえの将来だ、よく考えた上でのことなら何も言わん。ただ、おまえが町医者にでもなって、医院のひとつでも構えてくれれば、兄さんも退役後に行くあてがあって助かるんだがな」
「ふうん……兄さんがどうしてもって言うんなら、俺、本腰入れて医者を目指してやってもいいけどね」

 白と黄の小菊と、名も知らぬ季節の花を組み合わせた仏花が、仏壇に供えられている。位牌に手を合わせ、黙祷するたびに輝彦の声が耳に蘇り、胸を締め付けられる思いだった。
「おまえも寂しいか、リヒト」
 帰宅し、こうして輝彦の位牌に手を合わせるときにリヒトを伴うようになって半月。弟を失った痛手は、想像していたよりもはるかに大きかった。
 軍人として、軍医として、人の死を間近に見てきたわたしである。弟一人を亡くしただけで、こんなにも――何も手につかず、何も喉を通らなくなるほどの衝撃を受けるとは、思ってもみなかった。

 あれは本当に、スペイン風邪だったのだろうか。

 わたしは大して頓着していないが、逸見家は昔から、男子が若死する家系だと言われていた。無事に五十の坂を越えた父を見ていると、特にそうとも思えないが、たしかに祖父や叔父、大伯父たちは割に早世している。
 普段は何も言わないが、父も内心では、その奇妙な因縁を気にしていたのだろう。たったの十三で命を散らした輝彦の前で、何度も「代わってやりたい」と言って泣いた。
 ほんの今年の正月まで、輝彦の世話係を兼ねて共に帝都で暮らし、輝彦を文字通り猫かわいがりしていた二番目と三番目の妹は、「どうして治してやらなかったのか」とわたしを責め立てた。その妹たちの泣き声が、今も耳にこびりついて離れない。
「わたしは、医者としても兄としても失格だな。輝彦に、わたしは何もしてやれなかった」

 

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