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エリカの花言葉 第1話 エリカ《孤独》 3

   2016年9月21日  

 隣町から菖蒲町に引っ越して来た河村洋平は、堀北中学校に入学すると、北海道から引っ越して来たという嶋岡弘行と出会う。
 心臓に病を持ち、体の弱い洋平に対して、弘行は歳よりも大人びて見える少し不良気質の少年だが、入学して地元の友人などがいない二人は会話をするようになる。
 すると、中学校への入学を期に福岡から引っ越して来た杉浦恵里香も、洋平と席が隣同士であることから二人の仲へ混ざると、三人は仲の良い友達同士へと発展した。
 杉浦恵里香は、小学五年生まで人気子役としてテレビに出ていたが、家庭の事情で引退して菖蒲町に引っ越して来た。
 その人物が堀北中学校へ入学してきたことが公になると学校中が騒ぎ出すのだが、引退したことに深い訳がある恵里香には、子役時代の話を持ち出されることが大きな悩みであった。

 

 放課後、洋平は帰宅しようとして下駄箱で靴を履き替えていると、今朝、教室で騒ぎを起こした上級生の二人が獲物を捕獲するように洋平を挟んだ。教室で彼らの行動を見て笑ったから何をされるか分からないと思うと、恐れを感じて履きかけた靴の踵を踏んづけて逃げようとするが、学蘭の襟首を掴まれると洋平はあっけなく二人に捕まった。
「おい、あいつ何処にいる」
「あいつ……ああ、嶋岡ならあの後すぐに帰っちゃいましたよ」
 あの時、自分も笑ってしまったことが厄介だと思っていた洋平は、その一言で自分が二人の的でないのを感じ取ると、不安が払拭される。
「帰った?逃げやがって……おまえ、あいつに言っておけ、明日の放課後、体育館の裏で待っているから必ず来いって」
「いや……でも、明日も来るかどうか……」
「うるせぇ!来なかったら、おまえのことも只じゃおかないからな」
 まるっきり気の緩んでいた洋平の顔に上級生の拳が当たると、『ボコッ』と鈍い音を立てて、洋平は倒れ込んだ。
 下駄箱に敷かれた簀子がミシミシミシと鈍い音を立てると、尻餅をついた骨盤まで同じ音をしたのではないかと思い、酷く痛みを感じる。
「明日あいつが来なかったら、こんなんじゃ済まさないからな」上級生は、そう捨て台詞を吐いて、その場を去った。
 洋平は立ち上がると、再び上履きに履き替えて階段横の手洗い場で口を濯ぐ。吐き出した水に混じる血の色を見て驚きトイレに駆け込むと、鏡を見て唇の横にできた紫色の痣を見る。
 入学した早々から何故こんな目に合わなければならないのだと思えば、雨雲で空の色が隠れるように、気持ちが暗くなった。
 トイレットペーパーをグルグルと巻き取り濯いだ口を拭くと、血の滲んだトイレットペーパーを大便器に放り投げて水に流す。切れた下唇の口内を外側から抑えるようにしながらトイレを出て再び下駄箱に戻ると、今度は恵里香が立っていた。
 まだ気が晴れないのか、暗い表情でじっと佇んでいるが、洋平の顔を見るとニッコリと笑う。
「あ、まだ靴があったから帰ってないんだと思って」
「どうしたの?」洋平はもごもごとした口調の理由を、態々口の中を見せて『僕、さっき殴られて、口の中が切れているんだよ』なんて言っているわけでもないから、恵里香は『おや?』と思いながら首を傾げる。
「嶋岡君に謝りたいから家に行きたいんだけど、何処だか知ってる?」
 家の場所を教えようとして「ああ……」と言いかけたが、昨日見た弘行の家が思い浮かぶと、自分ならば絶対に知られたくないと思い直した。
「知らないよ。僕だって引っ越してきたばかりだし、昨日知り合ったばかりだから」
 洋平は話を誤魔化すと、嘘から逃げるように恵里香を置いてその場を去った。
 下駄箱の前で待っていた恵里香の表情を思い出すと、少し可哀想な気もするが、嘘をついた空気に耐え切れない。振り返れば、あの寂しげな表情で立っているのだと思えば、まるで子犬でも捨ててきたような罪悪感であった。

 

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