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ノンジャンル

至近弾

   2016年9月23日  

 1939年。俺は中国の戦地にいた。

 兵隊で死にたくはなかった。どうせ死ぬなら、いっそあの時に。

 だが俺にはできなかった。「あの男」のカケラほども覚悟がなかったから。

 

 
 昔。

 一兵卒の俺は大陸の原野を行軍していた。

 夕日が彼方の山の端に沈もうとしている。どの兵も皆、疲労しきってうなだれ、重い足を引きずって黙々と歩いていく。兵隊たちの肩の上で、夕日に染められた空気を掻き回しているみたいに銃の筒先が揺れている。

 俺は眠かった。歩きながら眠れるものなら眠ってしまいたい。それは俺の前後を歩く兵隊の誰しも同じだろう。

 だが眠気に負けて隊列を乱したりしようものなら、分隊長にこっぴどく張り倒されるだろう。いつまで持つか。ここで敵襲でもあれば目が覚めるのか。

 だんだんどうでもよくなっていく。

 周囲の空気に夜の闇が交じり始めた頃、背後から馬蹄の響きが近づいてきた。

 どことなく暢気に聞こえる蹄の音。それは拍子を変えることなく俺の背に近づき、通り過ぎっていった。馬上には、屏風のように背筋をピンと立てた陸士出の中隊長。

 略帽を被った頭が、右目の視野の端に浮き沈みしながら遠ざかっていく。

 消えてくれ。そのままどこまでも、どこまでも行ってしまってくれ、などと思っていると、馬を部隊の先頭まで駆けさせてから、歩調を変えることなくゆっくりと引き返してきた。

 嫌な予感がした。

 馬上から隊列を見下ろしている中隊長の、略帽の下の酷薄そうな顔が近づいてくる。嫌な予感を忠実になぞるように、馬の足並みは緩やかになり、俺の少し手前で止まった。中隊長が怒鳴った。

「貴様らの中に立ち小便をした者がおるだろう。誰だ」

 号令もなく、行軍が自然に止まった。

 この界隈に水洗式の便所がどこにあるのでしょうか中隊長殿、と尋ねる者はいない。

 俺だって尋ねたいとは思わない。皆、黙ってうつむくか視線を前に向けている。

 

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