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歴史・時代

東京探偵小町 第一話「新しい風」 <1>

   

衝撃と激痛と、火の玉を抱え込んだような熱さと。
朱門は、自分の胸を刺し貫いた男が、涙を流しているのを見た。
(時枝……あの十字架が、きっとおまえを守ってくれる)

小説版『東京探偵小町
第一部 ―怪盗編―

Illustration:Dite

 

「犯人だ! 『新橋駅連続殺人事件』の犯人だッ!」

 誰かが叫んだその瞬間――すべての音がかき消された。
 居合わせた誰もが言葉を失い、固唾を呑み、声の主が指し示した方向に視線を巡らせる。

 そこに、二つの人影があった。

 ほとんど白に近い駱駝色の背広に、同色のソフト帽、胸元に結ばれた群青色のタイ。
 どこかしら異国的な雰囲気を漂わせるその男こそ、帝都に並びなき名探偵・永原朱門だった。その彼の真向かいに、もう五十路に入ったかと思われる、年老いた労務者風の男が立っている。着物はもとより頭髪も乱れ、異様なほどにやつれた頬には、剃刀を当てた跡とてない。その伸びるに任せた無精髭の奥から、やがて、くぐもった声が聞こえてきた。
「痛ぇ……痛ぇ、頭が痛ぇ…………」
 視線も意識も奪われ、人々は瞬きすることすら忘れて、二人を見つめていた。あまりに奇妙な静けさのなか、すべてが蜃気楼のように淡く霞み、陽春の穏やかな微風だけが、散り遅れた桜の花びらを乗せて行き過ぎていく。
「目も痛ぇ、喉も痛ぇ、心臓も痛ぇ。体中全部が痛ぇよォ…………!」
 男は、自分の右手にしっかりと握られている包丁に目を落とした。その刃先には、拭いきれなかった誰かの血が、錆のようにこびりついていた。
「教えてくれ……なんでなんだ。なんで、こんなことになっちまったんだよ…………」
「そこまでだ」
 やがて、血染めの刃を手にした哀れな殺人鬼の、押し殺したような低い呟きに、明瞭で力強い声が重なった。
「無駄な抵抗はよせ。刃物を捨て、両手を挙げるんだ」
 声に応えて、殺人鬼がのろのろと顔を上げる。それと同時に、彼の視界に、隙のない洋装に身を固めた朱門の姿が飛び込んできた。
「誰だ…………?」
「探偵の永原朱門だ」
「永原、朱門。おまえが……永原朱門」

 コロセ。
 コロセ。

 『新橋駅連続殺人事件の犯人』と呼ばれた男の脳裏に、重苦しい声が響く。男はうめき声をあげ、何度も何度も頭を振った。

 コロセ。
 コロセ。

「がああアァ……朱門、朱門……永原、朱門ッ…………!」

 コロセ。
 コロセ。
 永原朱門ヲ殺セ。

(ああ、そうだ……ヤツだ)
 男は、朱門の名を反芻した。

 

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