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ノンジャンル

立ち枯れ 1

   

柏木は、偏屈な男だった。

他人とかかわるのが鬱陶しく、煩わしい。
自分以外の人間が、みんな酷く愚鈍で馬鹿に見えた。

柏木のエリート意識は、劣等感の裏返しだ。
常に自分より先を行く出来のいい兄が、柏木の精神を歪ませた。

なにをしても兄の二番煎じ、誰も自分に目を向けてくれない。
自分は誰からも期待されていない。
望まれていない。
その思いが、柏木に世界を憎ませた。

だがある日、夢の女、幸恵が現れる。
彼女は、柏木に、白く輝く月を見せてくれた。

 

 柏木の父は厳格な性格で、幼い頃、食事中など一言も話すことが出来なかった。食べながら話すのは行儀が悪いのだそうだ。当然笑うこともない。だが監視の目は厳しく、箸の上げ下げまで注目され、会話はないが小言はしょっちゅうだった。
 母も、無口で冷たい人だったが、身体が弱く年中ふせっていたので、食事を共にすることはあまりない。食事はいつも一人であるか、もしくは父親、そして二つ上の兄と三人でとっていた。
 食事について楽しい思い出はない。
 だから柏木は成人してからも、家族や同僚と楽しい会話を交わしながらの食事などしたことがなかったし、酒も一人で飲んだ。別にそれで淋しいとも思わない。むしろせいせいする。食事中に足を組んだり頬杖をついたり、迷い箸をしたりしても、誰も咎めない。一人で自由に出来ることが柏木唯一の愉しみなのだ。せっかく一人の自由を満喫しているのに周りで騒がれてはかえって鬱陶しい、一人が一番だ。

 その日も柏木は一人で食事をとっていた。親しくしているわけではないが、馴染みになっている飯屋で、いつもと同じ飯を食い、いつもと同じ酒を飲む。そして定刻どおりにその店を出た。
 別に時間に制約があるわけではない。ただそうしないと自分自身気分が悪いだけだ。毎日毎日、判で押したように同じ道を歩く。そんな生活は、柏木を寄りいっそう偏屈にさせた。いつもと違うということが酷く不愉快に感じる。
 だがその日、一歩外に出た途端、その歩きなれた「いつも」は崩壊した。

***

「じゃ、ご馳走さん」
「毎度ありがとうございます」
 飯屋の主といつもどおりの短い会話をして席を立つ。木造りの引き戸になっているその店の戸は、立て付けが悪く、必ず一度つっかえてガタンと大きな音を立てる。それを確認してから柏木は右手に力を入れる。引き戸を半分近くまで開け、身体を斜めにしてすり抜けるようにして外へ出た。
 時刻は午後十時過ぎ、外は暗く、見上げた夜空には星も出ていなかった。店の前の道は舗装されていないので、雨など降ると泥んで酷いことになるが、まだ雨は降っていない。だがそのうち一雨きそうな曇り空だ。
 別に星が見たいわけではないが、なんとなく少しがっかりした。
 いつもいつも、何もかもが思い通りになぞなりはしない。そんなことはわかっているが、面白くなかったので、柏木は持っていた杖で店の前に転がっていたジュースの空き缶を跳ね飛ばした。空き缶は思いの外大きく遠くへ跳び、なんとなく愉快な気分になった。誰にあてるでもなく、ざまあみろと心の中で呟き、少しだけ動きの悪い右足を引き摺るように歩き出す。

 

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