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歴史・時代

東京探偵小町 第一話「新しい風」 <4>

   

「松浦さんがにっこりしてくれたおかげで、『これなら日本の女学校でも楽しくやっていける』って思ったのよ」
「永原さま…………」

小説版『東京探偵小町
第一部 ―怪盗編―

Illustration:Dite

 

 放課を知らせる鐘の音が、聖堂の時計塔から響いてくる。
 時枝は年長の倫太郎を父兄代わりに、小石川は柳町にあるカトリック系の女学校に転入した。教育課程に多少の違いはあったものの、転入試験にも難なく合格し、今日から聖園女学院の四年級西組で学ぶことになったのである。与えられた席は窓際の最後列、松浦みどりの隣だった。
「永原さま、授業はいかがでした?」
 地歴の教師が教室から出て行くのを待ちかねて、級長の根本が問いかけてくる。それにつられて、時枝の周囲に級友たちが集まってきた。聖園女学院と言えば淑やかな令嬢が集う名門として知られていたが、そこは当世の女学生である。ふたを開ければ、誰もが相応の「お茶目さん」だった。
「何かお困りのことなど、ございません?」
「同じ四年級とは言え、上海とはだいぶ違いますでしょう?」
「お教本でわからないところがあったら、何でもおっしゃってね」
「大丈夫よ。隣の松浦さんがテキストを見せてくれたから、困ることなんか何もなかったわ。お裁縫だけはチンプンカンプンだったけど、松浦さんが裁ち方を教えてくれたの」
 帳面と筆記用具を朱鷺色の風呂敷で包みながら、時枝が笑顔で応じる。セーラー服に革靴と革鞄だった上海の女学校とは、一から十まで勝手が違うが、時枝にはそれすらも楽しかった。
「松浦さん、今日はいろいろとありがとう。おかげで助かっちゃった」
「いえ、そんな……わたくし、当然のことをしただけですわ」
 みどりは身を固くしたまま、時枝のほうを見ようともせずに答えた。時枝はなおも言葉を継ごうとしたが、根本が横から割り込んで、二人の会話を断ち切った。
「ねえ、永原さま、今日はわたしたちと一緒に下校なさいません? 上海のこと、いろいろとお伺いしたいわ」
「あ、うん、なんでも聞いて。八年もいたんだもの、大抵のことなら知ってるわ」
 時枝が答えるや、わっと歓声が上がる。
 級友たちは次々に、異国への憧れを口にした。
「素敵ねぇ、上海! あちらって、すごくモダーンなんですってね」
「そうそう。いろんな国の方々がたくさんいらして」
「上海では、どんなものがはやっているの? お洋服とか音楽とか」
「キネマの封切りも早いんでしょうねぇ」
「それとそれと、永原さまのお父さまのことも聞かせて」
「その身に代えて帝都を守って下さった、名探偵・永原朱門さま!」
「わたし、いつも新聞で拝見しておりましたのよ」
「わたしだって!」
 最初こそ、時枝が名探偵・永原朱門の娘であり、異国人との混血児であることに戸惑っていたようだが、時枝の明るい振る舞いと全く違和感のない自然な日本語に、緊張の糸もほぐれたのだろう。見れば教室の入り口には、隣の東組の生徒たちまでが鈴なりになっている。
 そんな賑わいのなか、みどりは蚊の鳴くような声で挨拶をすると、ひっそりと席を立った。それに気づいて、時枝が「待って」と声をかける。すると、級友たちの目が一斉にみどりに集まった。

 

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