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ファンタジー

マリアベル戦記 第十一話 意外な才能 6

   2016年7月1日  

守って貰えたリディアはアオイへの好意を募らせるのだが、肝心のアオイはそれに気付かず……

 

「ふうむ……」
 ヒエンはリディアに対して無遠慮な視線を向ける。
 値踏みするような、それは不快な視線だった。
「あ……あの……」
 ギラギラとしたその視線を受けて、リディアは怯えてしまう。
 いくら戦闘能力が上がったからといって、メンタルの強度まで上昇するわけではない。
 たとえヒエンを軽くあしらえる力量を持っていたとしても、怖いものは怖いのだ。
 俺の服の袖をぎゅっと握ってから、困ったように見上げてくる。
 守らなければ、と思う。
 守りたい、と思う。
 決して弱くはない彼女を、それでもこの手で守らなければ。
「見た目は悪くないな。体つきがやや貧相だが、顔立ちは十分に許容範囲だ」
「………………」
 失礼にもほどがある。
 皇子でなければ殴っているぞ。
「おい。リディアとか言ったな。今晩は俺のところに来い」
 欲望の入り混じった声でそんなことを言う。
 ……訂正。
 殴りたい、どころではない。
 殺したい、に格上げされた。
 女癖の悪さで有名なヒエンだが、まさか他国の王女にまでそこまで無遠慮な物言いをするとは予想外にも程がある。
 これは諫めても構わないぐらいの無礼なのだが、しかし癇癪持ちのヒエン相手に下手なことを言えば、こちらが処分されかねない。
 何とか丸く収めたい、というのがセレナティオ公爵家総領息子としての意見だが、俺個人の意見としてはもう少し過激な行動を取りたいところだった。
 もちろん、公爵家に迷惑をかけるようなヘマをするつもりはないのだが。
 見せつけるようにリディアの腕をぐいっと引き寄せてから、挑むようにヒエンと視線を合わせた。
「申し訳ありませんが、彼女は俺と約束があるのです。ここは遠慮して頂けませんでしょうか」
「っ!?」
 驚いたように俺を見上げるリディア。
 その表情は戸惑ったり真っ赤になったりと、なかなかに忙しそうだ。
 しかし今はそんな表情を楽しんでいる余裕はない。
 なんとかヒエンからリディアを守らなければならないのだ。
 たとえ事実無根の嘘を主張することになったとしても。
 まあ、リディアにはどちらにしろ申し訳ないと思うのだが、ここは我慢してほしい。
 こうでもしなければヒエンの犠牲になってしまう。
 それだけは何としてでも避けなければならない。
「なんだ、その女はお前のお気に入りか?」
「ええ。ですから勘弁してください」
「………………」
 真っ赤になって俯くリディアを気遣う余裕はまだない。
 けれど少しは意識してくれているのかと思うと、少しだけ嬉しくなる。
「ふうん。お前の手が付いた女、というのも面白そうではあるけどな」
「………………」
 ここで皇子の権力を振りかざして強制的にリディアを抱くつもりなら、俺も本気で抵抗しなければならない。
 いくら皇子とはいえ、本気でセレナティオ公爵家を敵に回す度胸はないはずだ。
 もちろん、ヒエンとの関係は悪化するだろうし、皇家に対するセレナティオ公爵家の立場も著しく下がってしまうかもしれない。
 しかしそれでも、ここでリディアをヒエンに差し出すことだけは出来なかった。
 そんな俺の覚悟が伝わったのか、ヒエンは苦笑しながら肩を竦めた。
「しかし物好きだな。そこまでして守ろうとするほど、その女に価値があるとは思えないぞ。所詮は人質だろう? まさか本気でセレナティオ公爵家夫人として迎えるつもりか?」
「王女、という立場を考えれば十分にその資格はあると思いますよ。少なくとも公爵家に迎え入れれば、ただの人質ではなくなります」
「……随分と思い入れがあるようだな」
「おかしいですか?」
「いや。意外ではあるが、お前の女事情に興味はない。所詮はただの気紛れだしな。いいだろう。その女は勘弁してやる」
「ありがとうございます」
「………………」
 俺の横でほっと安堵するリディア。
 俺もほっとした。
 ヒエンはその場から立ち去り、俺とリディアが残された。
「おーい、大丈夫か?」
 引き寄せていた腕を放してやり、リディアの前でひらひらと手を振ってみせる。
「だ、大丈夫ですけど……その……」
「あー……」
 どうやら先ほどの台詞を真に受けてしまったらしい。
 真っ赤になったまま視線を合わせてくれない。
 むぅ、そこまで嫌なのか?
 ちょっと傷つくぞ。
「心配しなくてもあれは冗談だ」
「へ?」
「だから、ヒエンを追い払う為の口実だ」
「………………」
 ほっとしたのだろう。
 ささやかな胸をなで下ろすリディア。
 ……だから、そこまで嫌がられると傷つくんだけどな。
「びっくりしました。いきなりアオイがあんなことを言い出すなんて」
「仕方ないだろうが。ああでも言わなきゃリディアは今夜あの馬鹿皇子の寝所で好き放題にされていたところだぞ」
「うぅ……それは嫌です」
「だろ?」
 身震いするリディア。
 その様子が小動物みたいで面白い。

 

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