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ファンタジー

マリアベル戦記 第十話 意外な才能 5

   2016年6月28日  

夜会に少しは慣れてきたリディアだが、そこに第一皇子であるヒエンが声をかけてくる。
アオイは何とかリディアを守ろうとするが……

 

 それからはしばらく歓談をしたり、緊張の時間だったり、なかなかに刺激的な時間だった。
 俺達三人だけでいるときはまだいいのだが、ハヅキはまだしもセレナティオ公爵家の次期当主であるこの俺には避けられない付き合いというものがある。
 次から次へと嵐のように挨拶をしてくる貴族諸君を捌くのに、実はかなりの労力を必要とした。
「これはこれは、セレナティオ家の次期当主殿におかれましては……」
「なかなかに立派な見識をお持ちのようで。セレナティオも将来は安泰ですな」
「お父上には大変お世話になっておりまして……」
「是非とも今度我が家の夜会に招待いたしたく」
「いえいえ、こちらのことも忘れてもらっては困りますな」
「おや、そちらのお嬢さんはアオイ様のお連れですかな?」
「なかなかに愛らしい。お名前はどこの家の娘さんでしょうか?」

「………………」
「………………」
 などなど、ちょっとばかりうんざりしてしまう。
 俺がおべっかを使われるのは慣れているのだが、リディアのことを知らないままどこの家の娘さんでしょうかって……
 扱いが酷すぎる。
 リディアの事を知らないだけかもしれないが、それにしたって酷い。
 エイフラム法国の王女だと言ったところで、恐らく扱いは変わらないだろう。
 人質として送られてきた王女にそれほどの価値はない、と思われている。
「……やっぱり私のことはあまり知られていませんね」
「みたいだなぁ。まあ都合がいいってことかもしれないけど」
「………………」
 貴族にとって、リディア・カナン・エイフラムという存在に政治的な利用価値は存在しない。
 だから彼女に取り入る理由はないのだ。
 俺の連れだと思われた所為で関心を持たれてしまっているだけなのだ。
 嫁がせたい娘がいる家にとっては排除するべき存在として。
「悪いな。いつの間にか俺の婚約者みたいな扱いにさせちまって」
 貴族達が勝手に誤解しているだけなのだが、さすがにまだ何も気持ちを伝えていない状況でそんな既成事実を作られるのはありがたくなかった。
 父親だけではなく、その娘達がリディアに向ける視線までもがとげとげしいものになっているのに気付いて、さすがに罪悪感が込み上げてくる。
「それは別にいいんですけど」
「いいのか?」
 その返答に少しだけ嬉しくなる。
 もしかしてリディアも俺のことを……とか期待してしまう。
「いいですよ。だって他の人に何を言われようと、事実が変わる訳ではありませんから」
「………………」
 期待して、落ち込んだ。
 ああ、そうだよなー。
 事実無根なら他人に何を言われようと気にする必要はないよなー……
「アオイ?」
 ちょっぴり落ち込んでしまった俺に気付いたリディアが心配そうに覗き込んでくる。
「ええと、私何か不味いこと言いました?」
「………………」
 不味いことは何も言っていない。
 俺が勝手に期待して自爆しただけだ。
 だけどそんなことを正直に言うわけにもいかないし。
「気にしなくていいぞ、リディア。男心がちょっぴり傷ついているだけだからな」
「え? え? 私が傷つけたんですか?」
「いや、自爆しただけ」
「……訳が分かりません」
「分からなくていいんだよ。アオイ本人の問題だからな」
「うるせえよ……」
 勝手に説明するな。
 しかも勝手にヒトの傷口を抉るな。

「うげ……」
 俺を餌に会話を楽しんでいたハヅキが、いきなり呻いた。
 心底嫌そうな表情で、こちらに向かってくる青年を見る。
「あちゃ~……」
 それに気付いた俺も頭を抱えたくなった。
「悪い、アオイ。オレは一旦離れるわ」
「ああ。そうした方がいいな。こっちのことは心配するな」
「悪いな」
 ハヅキはそれ以上何かを言うことはなく、そそくさとその場を離れていった。
「?」
 リディアは訳が分からないようで、近づいてくる人物を見ている。
 近づいてくる人物。
 俺やハヅキよりも更に豪華な衣装を身に纏った青年。
 ヒエン・リキトリア・ルヴェラその人だった。
 ハヅキとよく似た黒髪黒目の青年だが、その眼が決定的に違っている。
 親しみを感じさせる澄んだ黒ではなく、他人を見下すことと権力欲に染まりきった淀んだ黒だ。
 ハヅキはヒエンを苦手としているが、俺もヒエンが苦手だった。
 しかし立場上、俺がヒエンを避けることは許されない。
「下がってろ、リディア」
「でも……」
「いいから。絶対に自分から喋るなよ」
「………………」
 俺はリディアを自分の後ろに下げてから、近づいてくるヒエンに頭を下げた。
「これはヒエン殿下。ようこそ当家の夜会においでくださいました」
「久しぶりだな、アオイ」
「はい。お久しぶりです」
 ヒエンは不快そうに眼を細めてから続ける。
「先ほどまで、ハヅキと一緒にいたようだが?」
「ええ。ハヅキ殿下も招待しておりましたので」
「あんなモノを殿下呼ばわりするな。アレは皇族の一員ではない」
「……失礼いたしました」
 半分しか血が繋がっていないとは言え、実の弟に対して随分な扱いだった。
 しかし俺はそれに対して文句を言える立場ではない。
 筆頭公爵家の総領息子と言えども、皇族とは圧倒的な差が存在する。
 皇族の血を引いていても、俺はセレナティオ公爵家の人間だ。
 断じて、ルヴェラ皇家の血筋ではない。
 皇族と臣下の間には絶対に越えられない壁があるのだ。

 

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