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歴史・時代

東京探偵小町 第二話「宣戦布告」 <4>

   

永原朱門の娘。
そう考えるだけで、心が騒ぐ。久々に胸の昂ぶりを覚えながら、御祇島はまだ見ぬ少女探偵に、想いを馳せていった。

小説版『東京探偵小町
第一部 ―怪盗編―

Illustration:Dite

 

 台所から、軽快な包丁の音が聞こえてくる。
 鰹節をかき、すり鉢で味噌をすり、その合間に白和えも作ってと、和豪は朝から大奮闘を繰り広げていた。朱門に弟子入りしてからというもの、洗濯は和豪の仕事で掃除は倫太郎の担当、炊事は和洋で半々と決められていた。そしてこの一週間は、和豪が朝食と時枝の弁当作りを受け持つことになっていたのだった。
「おはようございます、和豪くん。今朝はまた、ずいぶん張り切っているんですね」
「別にいつもと変わんねェよ。おう、倫太郎、ノンキに新聞なんか読んでねェで、いいかげん大将を起こして来いよな。あいつ、だんだん寝坊助になりやがる」
「そういう和豪くんは、だんだん『お兄さん』らしくなってきましたね」
「ばっ、バカ言ってンじゃねェよ! とっとと行けっての」
「はいはい」
 倫太郎は和豪に新聞を手渡すと、二階に声をかけた。回を重ねるごとに声が大きくなり、四回目でやっと、時枝が返事をする。まだ育ち盛りということなのか、時枝は実に良く食べ、良く眠った。朝から三膳を平らげたときは、さしもの和豪も驚いたほどである。
「さァてタジ吉の野郎、大将の記事、なんて書きやがったんだ? えーと……お、これか。花の帝都にその名も高き……誰が呼んだか探偵小町ィ?!」
 鼻歌まじりに東亜新報の社会面を開いた和豪は、そこに大書された見出しに仰天した。「どうしたんですか」と寄ってきた倫太郎にそれを見せ、紙面に踊る文字に倫太郎も絶句する。やがて倫太郎は、サタジットが書いた時枝の紹介文を、恐る恐る読み上げた。
 個性的な記者が多い東亜新報社のなかでも、印度出身のサタジット・ワリーは、群を抜いて目立つ存在だった。今からちょうど十年前に亡命来日した、印度独立運動の志士・ゴース氏の従者なのだが、なぜか新聞記者になってしまったという、かなりの変り種である。本人自身も独立の志士であり、当初は新聞界からゴースの運動を支援するつもりだったらしいが、今ではすっかりブンヤ稼業に傾倒していた。
「なんでまたこうなるんだよ。タジ吉の野郎、どっかおかしいンじゃねェのか」
「僕も『探偵小町』なんて二つ名がつくとは思いませんでした」
「ヘッ、相変わらず、好き勝手に書きやがって」
「天国の先生は、どう思われるでしょうねぇ」
 サタジットは新聞記者として、そして印度独立運動の志士としても朱門と深い交流があったが、二年前に助っ人というかたちで大阪支社への転勤を命じられてからは、上京の際に少し顔を見せる程度になっていた。
 やがて積極的な採用活動の甲斐あって大阪支社にも人材が揃い、今春、ようやく本社への復帰が叶ったところで、今度は朱門が世を去っている。悲しみをこらえて朱門の死亡記事を書き上げた後は、サタジットは傍で見ていて気の毒なくらい、激しく落ち込んでいたということだった。

 

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