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ハートフル

沖の瀬 (4)

   

 夜の海でイカを釣り上げ、真っ暗な海面から抜け出たイカが吐くスミを、じいちゃんやさかいのおじいさんは上手く避けたが、健太はしばしば頭や身体に被った。
 健太は自分の未熟さを思い知るのだが、船縁の灯りに照らされて赤銅色に輝くイカを手にする時、健太の漁師への願望は一層増幅するのだった。

 

 
 健太はそれでも、その日からもずっと、始まったばかりの夏休みを楽しんだ。
 海の凪いだ日は武、洋二と沖の瀬に潜って漁をした。
 沖の瀬は初めて経験した日に増して広く感じられ、何処に潜ってもサザエやアワビが沢山獲れたし、巨大な魚をもりの標的にする事も出来た。
 三人とも、中の瀬同様、沖の瀬でも、サザエ、アワビ、タコが、同じ岩棚を「巣」にしていて、前日に獲った処で翌日にも獲れる、という事を経験上知っていた。
 そして大漁の縦桶を担いで帰った後は、健太は武、洋二には内緒で、あの独り遊びを繰り返した。
 また夜は夜探りを夜釣りに、早朝の磯探りをキス釣りに変えたりして、近所の年下の男の子達に夜探りや磯探り、釣りを教え、彼らが獲物を手にする事が出来て健太に感謝すると、得意になれた。

 海が時化た日は、数人で手を繋ぎ、砂浜から駆け出して波打ち際で大きく口を開いた波に頭から飛び込んで、身体が波にもみくちゃにされるのを面白がって何度も飽きる事もなく繰り返した。
 晴天で凪ぎの日が続くと、町の南側を流れる川の水量が大きく減って、海に流れ込む辺りが浅くなり、中学校のある南の岬のふもとまで歩いて渡れるようになるので、午前中にそこまで行って釣りをしたりした。
 川向こうは断崖に遮られていて、他の町の釣り人も知らない秘密の釣り場だった。

 その岬の裏側は、扶美の住む町の子達が海水浴に来る砂浜が拡がっていた。
 午後になってから、岬を泳いで迂回すれば、友人と泳ぎに来るはずの扶美に逢えたかも知れなかったが、逢えば逢ったで照れ臭いだけだし、扶美に逢いたくてわざわざそこまでやって来た事を見透かされるのも嫌だったので、午前中の釣りが終わると引き上げていた。
 そんな風にして、今日も昨日と同じ、永遠に続くような幸せな日々を過ごした。

 また三日置きくらいに、じいちゃんがイカ釣りに連れて出てくれた。
 夜の海でイカを釣り上げ、真っ暗な海面から抜け出たイカが吐くスミを、じいちゃんやさかいのおじいさんは上手く避けたが、健太はしばしば頭や身体に被った。
 健太は自分の未熟さを思い知るのだが、船縁の灯りに照らされて赤銅色に輝くイカを手にする時、健太の漁師への願望は一層増幅するのだった。
 しかしやはり沖の瀬での大漁以外は、じいちゃん達の船上での会話が、イカの漁の減った事を健太に教え、キスも、釣り場所や時間を変え、餌を変えても、健太が幼い頃に比べるとやはり少なく、魚が獲れなくなっている事を認識させ、健太を不安にさせていた。

 七月三〇日は夏祭りだった。
 その前日、夜のイカ釣り漁は休み、底曳漁は夕暮れ前に帰港し、漁師達は風呂を浴びて浄めた身体を羽織袴で包む。
 市場が終わった夕方から、海神様に酒と塩、笹の枝葉と乾燥させたホンダワラを持参して浄めて戻り、乗組み仲間や親類同士で集まって夜通し酒を酌み交わす。
 翌朝、塩を船の四隅に撒き、お神酒を浸した笹枝とホンダワラを振ってお祓いをし、船を浄めて豊漁を祈願する。
 そしてその後、全員が漁業組合に集まって半期の総会を終えて、祭りが始まる。
 主婦達は普段でさえ早朝から深夜まで多忙なのに、祭りの二、三日前からは、祭り料理の下ごしらえで一層忙しくなった。
 鮮度を要し、当日すぐ出来る物以外の、すもじや巻き寿司、ショウガの干し大根巻き、野菜の煮炊き物、小魚の生酢、牛肉の時雨れ煮、抱き寿司、小魚のから揚げ、アナゴの蒲焼など、暑い夏でも数日は保存出来るように工夫された料理の仕込みは、保存器具や調理器具の普及していない時代では、随分知恵が要り、手間暇の掛かる作業だった。

 すもじとは、五目寿司が具を酢飯に混ぜ合わせるのに対し、具を微塵切りに刻んで煮詰め、それを一五寸角の木枠の中に酢飯でサンドイッチのように挟み、その上にイチゴか山椒の葉と薄焼き玉子、刻み紅ショウガを乗せてから、菖蒲の葉で仕切り、何層にも重ねて板で圧し固め、一層を三寸角に切って食べる。
 抱き寿司はタイ、アマダイ、アジ、サバ、ワカナなどを背割りに開き、頭以外の骨を取り、ショウガを入れて甘辛く炊いたオカラを内側に詰め、二、三日程酢漬けにした物である。
 何れもこの地方伝統の、祝いの膳を飾る、手の込んだ郷土料理であった。
 祭りの前日にもなると、祭りの料理の為に、女達は寝る暇もない程忙しかったのである。

 祭り当日には、普段行き来のない、違う町に住む親類を招き、互いの健在を喜び合った。
 正月は自宅で祝うのを通例とし、親類の交流は祭りの時だけがほとんどであったので、親類間では正月よりも祭りの方が重要な行事ではあった。
 子供達も、洩れがないように全員で相談し合い、隣町の同級生をそれぞれ手分けして招待するという、代々からの習慣が出来ていて、隣町の秋祭りには逆に、港町の子供達が、同様にして全員招待された。

 子供達は勿論祭りが大好きであった。
 普段口に出来ないごちそうがふんだんに食べられるし、正月以外にもらう事のないお小遣いをもらえるせいでもあった。
 もらったお小遣いは幾ら遣っても良い事になっていたが、もらう額は勿論少なく、何でも買えると言う程ではなかった。
 健太にしてもじいちゃんと父がくれる一〇〇円ずつの、二〇〇円だけで、本家のおじいさんやおじさん、さかいのおじいさん、四世帯ある母の兄姉がくれるのは母に没収され、恐らくは貯金されているはずだった。
 ただ一〇〇円とは言え、当時はガムやキャラメルが一個一〇円程度で買えたので、それなりの金額ではあった。

 

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