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辛島と和島(後)

   

目を覚ました倉井たちは、助け出されて和島にたどり着いたことを知る。和島の責任者、門井は極めて温和かつ丁寧な男であり、また島全体の雰囲気もとても和やかで、倉井たちの体は順調に回復していった。
そんなある日、イベントを開いていた和島のプールに、軍服を着た杉橋たちが乗り込んできた。

杉橋は、倉井の後輩である高杉たち労働者を痛め付けた上で、プールサイドに放り投げ、高杉たちの身の安全の代償として、辛島と和島による「勝負」を持ちかけてきた。

それは、島で生産された商品の、一年を通じての売り上げで勝敗を決める、というもの。人間の限界をはるかに超えて働かされている辛島が圧倒的に有利な条件に思われた。

しかし、和島を統率する門井は、和島の有利を疑っていない様子だった……

 

「……目を覚まされたようですね。もう大丈夫ですよ。追っ手が迫ってくることはありません」
 倉井は、低いがよく通る男の声で目を覚ました。
 まだ少しぼんやりとしている視界に、心配そうに覗き込む五十代ぐらいの紳士の姿が映っている。
 中肉中背で、やや白みがかった七三分け。
 今風ではないと言うより、半世紀も昔の記録映像から抜け出てきたような出で立ちだが、厚い眼鏡でフタをされた彼の視線には、倉井の安心することができる何かが宿っていた。
「……ここは?」
 反射的に応じてから、予想以上に自分の声がしゃがれていることに気付いた。
「和(なご)島です。あなた方がいらしていた辛(つら)島の隣にある……。事前に話は聞いていましたが、かなり細部が異なってしまいましたからね、幸運でした。海流によって、こっちに流れてくれたのが良かった。ああ、申し遅れましたね、私は門井。ここの責任者です。僭越ながらあなた方のお世話をさせて頂くことになりました。何でも仰って下さいね」
 門井と名乗る紳士が見せてくれた和やかな表情には、一切の作為が感じられなかった。
 辛島の管理者からこんな態度を取られたなら、まず罠の存在を確信し、次にその罠にかかりながら、相手のメンツを潰さずに、どうやって生き延びるかを考えるものだが、不思議とそういった危機意識は働かなかった。
 もっとも、寝起きで、危機察知感覚が鈍っているのかも知れない。
「藤原は、どうなったんですか?」
「ああ、あの方はあなたよりもさらに運が良かった。もうすっかり回復されて、通常の生活ができるようになっていますよ」
 門井の言葉を待っていたかのように扉が開いた。
 そこにいたのは、藤原だった。髪をさっぱりと整えており、血色もいい。
 体も衣服も清潔そのもので、門井の言葉がすべて本当なのだと、一瞬で察することができた。
「ようやくのお目覚めだな。水をかなり飲んじまってたって聞いたから、心配したんだぜ」
 屈託なく笑った藤原の顔は、ずっと昔TVで見た、何とかという俳優に良く似ていた。
 泥とホコリにまみれた状態では気付かなかったが、スタイルといい、なかなか容姿に秀でているらしい。
「簡単に死ねるかよ。仮に死ぬ気でも、あの管理者共の都合でってのだけはゴメンだよな」
 倉井もまた、自然な形で笑うことができた。
 やはりいくつになっても、長年苦難を共にしてきた「戦友」との再会には心が躍る。
 同じことをやろうとしていた仲間に会えたことで、改めて生きているという実感がわいてきた部分もあった。

 

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辛島と和島 第1話第2話

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