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ハートフル

沖の瀬 (5)

   

「えっ? 何?」
 健太の言葉の意味が解らなかった扶美は、いつものように小首を傾げて健太の横顔を見つめた。
「お前は、大人になるなや」
 健太が今度ははっきりと、自分にも言い聴かせるように、同じ言葉を繰り返した。

 

 
 いとこ達と共に海岸通りに出ると、武、洋二が露店に首を突っ込んで、物色しているのが見えた。
 いとこ達は幼い頃から何度も来ていて、この狭い町を良く知っている。
 それぞれ二、三人ずつに別れて露店巡りを始めた。
 すれ違う同級生達と露店の情報を交換し合い、露店を軒並み覗いて回り、おもちゃやお菓子を買って歩く。

 通り掛かりに、可愛い子うさぎを売っていて、健太は、扶美がうさぎを飼っていると作文に書いていたのを思い出して、自分も飼いたいと思ったが、母が許すはずもなかった。
 健太の家に限らず、数軒の家を除いては、この町の何処の家もペットを飼う程の余裕はなかった。
 特に、裏木戸や庭先に干した魚をかじったり、また時には大胆にも、炊事場にさえ忍び込んでまな板の上に出して置いた魚を咥えて逃げる程の猫や犬は、この町の人々にとって天敵でさえあった。

 やがて山車と神輿の一群が、にぎやかにやって来た。
 しかし威勢の良い掛け声を張り上げる、勇壮な大人達が動かす山車や神輿を見物しても、何となく元気がなさそうに見えて、健太の心の曇りは晴れなかった。
《漁師さんやち、どが思ちゃっただろか?》
 健太は自ら、自分の抱いた不安を消そうとしながらも、母の言葉に心が揺らいでもいた。
 そんな健太の重い気分を晴らしたのは、扶美の愛らしい笑顔だった。

 仲間達と露店巡りをしていた時、人混みの中に、何時ものように小首を傾げて、健太に微笑み掛ける扶美を見つけたのだ。
 大勢の人混みに紛れてさえ、紺色のスカートに真っ白な半袖のブラウス姿の清楚な扶美が、健太の眼に一際まぶしく映った。
 先日の登校日に会ったばかりだったが、泳ぎに行ったのか、少し日焼けして、大人びて見えた。
「健太! 行けっ。デートせやっ」
「チャンスだぜっ! 健太くーん」
 扶美に気付いた武や洋二達が、からかい半分で健太の背中を押して促した。
 扶美を招待した女の子が健太を指差しながら、扶美に何か耳打ちしてやはり扶美の肩を押した。
 うなずいた扶美は、彼女に手を振ってから恥ずかしそうに俯いたまま、健太に向かって小走りで近寄って来た。

「やったっ! 健太っ。頑張れよ」
「健太くーん、好きよーん」
「いてて。いってぇっ」
 仲間達が健太の背中を力任せにたたき、祭りの人混みの中に消え去った。
 初めて経験する事態に胸の鼓動が一気に高鳴った。
 恥ずかしさを堪え、嬉しさに綻ぶ顔を必死で引き締めるようにして、健太が無言で砂浜の方へ歩き出すと、扶美は当然のように無言で後に従った。

 扶美が道行く人にぶつからないよう、寄り添うように後ろを歩く扶美を振り返り、気遣いながら、山車と神輿を追って移動する人混みを縫うように歩いていると、本家のおばあさん達の一行が向こうからやって来るのに出会った。
《しもたっ! 絶対何か言われるでっ》
 どうして人気の少ない本通りを歩かなかったのか。後悔は既に遅かった。
 知らない振りをして通り過ぎようとする健太に、心配した通り、冷やかしの合唱が一斉に飛んだ。
「おお、わいちゃ! 見てみや。健太がべっぴんの彼女とデートしとるで!」
「健太。まあ、何と可愛い彼女だないかや! 大事にしたらんといけんで」
「やっぱりのう。健太は良い男だき、可愛い彼女がおるてや」
「健太。わら、ちゃんと手つないで歩いたらんと、可愛い彼女が迷子になるでな」
 冷や汗をびっしょりかいて早く逃げ出そうと小走りになり、恥ずかしさを堪えて振り返って見ると、扶美も顔を真っ赤にして俯いたまま、小走りで付いて来た。

「彼女なんかだ、ないてや!」
「大きい声で言いなはんなや!」
 健太は強く否定しながらも、恥ずかしさと同時に嬉しさがこみ上げ、頬が緩みっ放しになった。
 それを扶美に悟られないように堪えながら、健太は扶美の腕を掴んで急ぎ足になり、海岸通りを一気に砂浜まで小走りで駆け抜けた。
 縦波止の付け根まで走ると、足を止める。
 ふと我に戻った健太は、扶美の腕を掴んでいるのに気付き、慌てて手を解いた。

 手に持っていたお菓子やおもちゃを縦波止の付け根に置いた。
 扶美と折角、学校以外で初めて二人っきりになれたのに、そんな物を持ったままである事がひどく子供じみて不似合いな気がしたのだ。
 扶美も同じようにした。
 ゆっくり砂浜を踏み締める自分の足音と、扶美の足音が重なるのを感じた健太の手のひらに、女性を意識し出して初めて触れた、扶美の腕の感触が熱く残っていた。

《扶美は、彼女だの、言われて、しょべかわれて、嫌がっとらへんだろか》
 扶美の顔を見て、どう感じているのか確かめたかったが、怒った表情を見るのも怖く、また改まって扶美の顔を見るのも恥ずかしくて、健太は振り返る事が出来ないまま歩いた。
 健太が女性を意識したのは、扶美が生まれて初めてだったし、女性を意識してから扶美と二人っきりになったのも初めてだった。

 扶美と二人っきりになりたいと何時も思っていて、学校でも何かに付けて、二人っきりになれるように行動していた。
 扶美は意識していないのか、積極的なのか、健太には解らなかったが、健太が一人でいると良く近寄って来たり、話し掛けて来たりしていた。
 しかしそうしていざ二人っきりになってしまうと、健太の方が照れ臭くなってその場を逃げ出してしまうのが常だったのだ。
 今は完全に二人っきりだった。
 仲間は気を利かして健太から離れて行った。
 逃げ出そうにも、理由が見つからない。
 いや、逃げ出したくない。
 扶美とこのまま二人っきりでいたい。

 再び鼓動が一気に高鳴るのを覚えた。
 鼓動が、扶美に聴こえてしまいそうに感じられて気が気ではなく、動転する心で何を話そうか、どうしようかと思案しているせいか、よけいに何も話せなくなっていた。
 扶美の足音が健太の足音に重なったまま、歩調を併せて背後に付いて来た。

 

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