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雨の国への帰郷

   

 本作品は詩人・高平龍男(1904-1980)の没後十年に発見された唯一の短編小説である。
 『雨の国への帰郷』はその内容から高平が普段から焦がれていた理想郷への行き方だとされているが、現在でもその真偽のほどは不明である。
 本書は高平龍男全集三巻を底本とし、全文現代かなづかいに改めている。

(好文社編集部編)

 

 
 糸のように細い雨が降り出す頃になると、その葉書はいつのまにか郵便受けに入っている。女中が持ってきた「祖先供養 雨之国御案内」と書かれた葉書を前に、しばし作業の手を止める。
 私に祖先なぞいるのだろうか。私を産んだおんなはいるだろうが、それだって物心つく前に死に絶え、そうかといって父も亡く、私は一人で生きてきた。まるっきりの一人で。私はどうやら死なない身体らしく、何日も物を食わなくても腹は減らず、澱んだ水を飲んでも腹を下したことはない。チンピラに殴られた青あざもものの数分で治ってしまう。身体は頑健で、病気ひとつしない。
 最初は重宝がっていた村の者たちは昼夜問わず働き続ける私に気味悪がって近寄らなくなり、いらないと言われた私も彼らから身を引いた。読み書きできるのはそれがすでに頭の中にあったからであって、誰かに教えてもらった覚えはない。
 こんな私にどうやったって祖先がいるとは思えない。木の股からでも生まれてきたのだろう。
 だから葉書はいつも破って捨てている。
 しかし、破ろうとするところを通りがかった女中が止めた。この女中は頭が少し緩くて、いつもぽかんと口を開けて通りを眺めてはなにがおかしいのか笑っている。仕事は出来るので置いておくが、そう長くないうちにぽっくり逝ってしまうだろう。なぜか私の家に来ると早死にするのである。村はずれに住んでいる私の場所は姥捨て山のような案配で、村でうっかり出来てしまった要らない子どもの始末を請け負って生計を立てていた。
 その女中――シマは、「だめれすよぉ、だんなはま」とたどたどしく言った。シマは舌が上手く回らない。身体もしゃんとせず、ぐねぐねとあちこち動き回っている。
「あめのくににゃあいかねばなりません」
 あめのくにとはなんだと訊ねると、シマはへらへらと笑った。それがシマの大笑いだと気づくのにしばらくかかった。
「あめのくにはみぃんなかえるところですよぉ。わたしももすこししたらかえります」
 帰るのかと訊くと、はいと満面の笑みになる。シマはもうすぐ死ぬらしい。
「あたしがしんらだだんなはまをおむかえにあがります」
 そうしたら、一緒に行ってみようということで、その葉書は旅券代わりだから取っておけと言われた。
 その三日後、シマは蒲団のなかで冷たくなって死んでいた。この村には医者はいないから、見立てもなにもない。ただ、自死ではなかったということだけでシマの両親は万々歳なのだった。
 葬式は私が出してやる決まりだった。村の坊主を呼び、読経させると、棺桶に入れて深く掘った穴に置くと火にくべた。煙がおさまったのを見計らって骨を拾い、両親の家に届ける。それで終わりだった。明日にはまた要らぬ子どもが来るだろう。
 夕餉の支度を自分でし、食べ終わると床に就いた。
 ふとあの葉書とシマの言葉が浮かんだが、眠さに負けてしまった。

 

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