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歴史・時代

東京探偵小町 番外編 〜薔薇輝石〜

   

「さっき……生まれて初めて、『夢』というものを見ました。そこはたしかに僕たちの知っている街なのに、なぜか大きく変わっているのです。五年、十年……いえ、もっと先のことなのでしょうか」

小説版『東京探偵小町』番外編
―ニュアージュ&御祇島時雨―

Illustration:Dite

 

 今夜は、どうしても獲物を見つけなくてはならない。
 街角に立つ白皙の青年は、その秀麗な眉を寄せ、あたりの様子をうかがった。一年で最も厭わしく重苦しい日が、もう間近に迫っている。それをなんとか乗り越えるためにも、今夜、ひとつでいいから成果を手にしたかった。
(やはり、首に縄をつけてでも、早く移動してしまえば良かった。こんな年に西欧にいるだなんて、狂気の沙汰ですよ)
 コートの襟を立て、道行く人々に注意深く目をやりながら、青年はため息混じりの白い息を吐いた。やはり今年は――この年末は、常とは違う。息をするだけで喉に刺すような痛みが走るのは、この凍てつくような寒さのためだけではなかった。
(うまくいかなかったら共倒れ……そんなみっともない最期、僕はごめんですからね)
 舌打ちしたいような気分で呟きながらも、もはやそうなっても構わないと思う自分がどこかにいる。彼の人が心底そう望むのなら、今この瞬間に、共に息の根が止まり、消えてしまっても構わないのだ。この世への未練など、持ちたくても持てないほど、長い時を生きてきた二人だった。
(死は、ただ、還るだけ。あの漆黒の翼のもとに還るだけ)
 それに勝る幸福など、きっとどこにもないのだろう。
 けれど、今はまだ、その時ではないのだ。なんの根拠もないが、直感とも呼ぶべきものが、彼の心身にそう告げていた。

 まだ、何かがある。
 まだ、何かが残っている。

 だが、その「何か」の正体をいくら考えてみても、答えは見つからなかった。彼らをこの世界に繋ぎ止めてきた、「彼女」にまつわる最後のひとかけら。それが永遠の向こうへと走り去った今、彼らを待つ「何か」など、あるはずがない。この地上に、「彼女の物語」を知る人は、もう誰もいないのだ。
 それを知るや、彼の半身とも呼ぶべき人は、たちまち生きる気力を失った。あれほどの固い誓いも忘れ、最近では、衰弱の徴候すら見せはじめている。
(そのうち、これすらも拒絶するようになったら…………)
 青年は、コートのポケットから、小さなビンを取り出した。
 昔日に比べ、狩る者は減り、狩られるほうの数は増えたものの、彼らの感じる「生きにくさ」は変わらなかった。むしろ、以前よりもはるかに生きにくい世の中になっている。
 それもそのはず、世界はあまりに「光」に満ちすぎていた。
 真夜中でさえ光があり、音があり、彼らが潜むべき暗闇と静寂は、彼方へと追いやられてしまった。そうしたなかでも露命を繋ぐべく、わずかながらもこの世界に残る眷属たちは急場をしのぐための薬を開発したものの、それはほんの気休めの栄養剤程度で、これのみで生きていけるわけではなかった。
「…………っ」
 のしかかる祝祭の空気に耐え切れず、青年はついに膝を折った。固く目を閉じ、彼の半身たる人が愛でる鮮やかな緑色の瞳を隠して、眩暈と悪寒をやり過ごす。そうしてこぶしを固め、誰でもいい、次に目に付いた相手を今宵の獲物にしようと決めたとき――――。

 

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